「レコード・ストア・デイ」創設者が語る、アナログレコードの可能性

 すでに日本でも定着している「レコード・ストア・デイ」(RSD)が今年も4月21日に世界同時開催される。同イベントがスタートした08年から今年で11回目。その間にアナログレコード市場の売上シェアもアメリカでは約10倍までに拡大した。同市場の好況を支えるRSDのキーマンであり、共同創設者の1人、マイケル・カーツ氏にレコードストア及びアナログレコードの可能性を語ってもらった。

タワーレコードの閉店をきっかけにスタート

――今年、11回目となる「レコード・ストア・デイ」(以下、RSD)ですが、そもそも08年にスタートしたきっかけを改めて教えてください。
カーツ 日本など一部を除いて、07年にタワーレコードが閉店してしまったことが直接のきっかけです。当時はメディアがそれをとてもネガティブな現象として捉えていたし、レコード店という業態がもう時流に合わず、商売にならなくなってきていると考える人も多かった。その認識を変える必要があると強く思いました。何か変えていかなくては、本当にそうなってしまうかもしれない、という危機感があった。実際、タワーレコードが閉店して、むしろ個人経営の小さなストアは少し増えていましたが、CDはどんどん売れなくなっていく一方だったし、もちろんアナログレコードもさっぱり存在感がありませんでしたから。

――ある調査では、07年当時には全米の音楽業界の売上のうち0.2%のシェアだったアナログレコード市場が、16年時点で11.1%にまで拡大しているそうです。これは明らかにRSDの貢献によるものですよね?
カーツ そうだと思います。どこかにニーズ自体は潜在しているのではないかと考えてはいましたが、でも当初は、レコード会社を含めて誰も確信のようなものは持っていませんでした。ワーナー・ブラザース・レコードの当時の社長だけは、私たちのアイデアに理解を示してくれて、メタリカとコンタクトさせてくれた。そのおかげで、08年のRSDへのメタリカ参加が実現できたんです。最初の年は、10タイトル、2万5000枚ほどをプレスしましたが、回を重ねるうちに、どんどんプレス枚数も、参加する店舗やアーティストたちも増え、アメリカでは70万枚近くにまで増えている。この10年間で、アナログレコード市場はとても大きくなりました。こんな状況になるなんて、誰も予想できなかったと思います。

レコードストアに行くことは、ロックコンサートに行く感覚に近い

――RSDは、さらに世界中にどんどん広がっている印象です。なぜアメリカ以外の国にも広く支持されているのでしょうか。
カーツ 基本的には、オープンソースだからでしょう。誰でも参加したいと思えば参加できますし、どんな特別なイベントにするかのアイデアや運営も、各国に任されています。正規の運営団体がマネージしているのは日本やUK、ドイツなど10ヶ国ほどですが、トータルではおそらく60ヶ国くらいが今年のRSDに参加することになりそうです。正確な参加店舗数?私たちも把握できていません(笑)。ただ、オンラインでの買い物のようにすぐに届いたりせず、欲しいものがなかなか買えなかったりもする、そういう不便な面やルールなどもあるのに、でもそれが楽しいという感覚が、広く受け入れられているのは嬉しいですね。

 人気のロックコンサートに行くような感じに近いのかもしれません。利便性よりも、実際に店に足を運んで同じような音楽ファン同士で良い時間を過ごす、そういう経験そのものをトータルで楽しんでもらおうというのは、RSDの重要なポリシーの1つです。ビジネス面ばかりが注目されがちですが、それは目的の一部でしかありません。アナログレコードを軸にして、音楽コミュニティがどんどん広がっていく現象こそ、素晴らしいものだと思っています。

――RSDを推進するにあたり、ご自身を動かす最大のモチベーションはどのようなものなのでしょうか。
カーツ 幸せを作っていくことかな。皆に素晴らしい時間、人生のひと時を見せること。お金を稼ぐことは大事ですが、私の場合にはモチベーションには決してならない。60〜70 年代に音楽に囲まれて育ったせいか、たとえば良いロックを聴いたら、私は原点に戻れるし、幸せな気持ちになる。そして、何かお金以外のことをしたいという気持ちになるんです。物事をより良くしていきたいし、RSDにはそれができると考えています。初めてUKのRSDに行ったときに、初めて会った人々が盛り上がり、一緒に素晴らしい時間を過ごしているのがとてもよくわかった。だから、原動力というなら、音楽そのものということになります。音楽は人々を幸福にすると信じています。

アメリカでは若い女性層もアナログレコードに反応

――日本では特にここ数年、RSDイコール限定盤が買える日という側面も強くなっているように思います。
カーツ アメリカでは、RSD向けの限定盤もありますが、それを買うことは決してメインではないですね。アーティストの無料パフォーマンスやイベントを楽しんだり、並んでいる人に食べ物やワインやビール、コーヒーなどを提供していたりもするので、もっとお祭りというか、パーティのような感じです。アメリカでは、RSDの1日だけで、1〜2ヶ月分の売上を記録してしまうほど、音楽ファンのための特別な1日として定着しています。日本のRSDでも2週間分の売上になるといった話を聞いていますが、さらに魅力的なイベントとして広がっていけば、売上も自然に伸びていくのかもしれませんね。

――特に、日本の10〜20代の若者にアピールするにはどうしたらいいのでしょうか。
カーツ 参考になるかはわかりませんが、ここ5年ほど、アメリカでは18〜25歳の女性の方がかなりレコードを買うようになりました。男性は一定数であまり変わらないけれど、特に若い女性の売上が増えている。若い人向けに入門用のキャラクターものの安価なターンテーブルなども投入されましたが、それだけが理由とは思えません。自然にそうなったとしか言いようがない。ただ、レコード店自体が明らかに10年前とは異なり、キレイになったということは影響しているのかもしれません。女性が入りにくいような汚くて古い感じではなく、女性向けサイズのロックTシャツが一緒に売っていたり、清潔感があったり。また、女性スタッフが働いていたり、女性が経営していたりというお店も増えています。

レコードは、アーティスト・ファン双方にとって特別なアイテム

――カフェを併設したり、ファッションなど他業種との協業を模索するなど、リアル店舗であることの強みを活かすということでしょうか。
カーツ より多くの人がレコードを直接見たり、手にしたりする機会をどうやって増やすかということでしょうね。RSDは、ある種の興奮を音楽ファンに提供して、レコード店というものをより身近に感じてもらえる仕組みとして考えています。レコードの重さやジャケットの手触りなど、実際に感じてもらうことでしか、レコードの魅力を再発見してもらうことはできません。そのために、いろいろな他業界と一緒にビジネスをやっていくというのもアリだと思います。もちろん、ちょっと無愛想だけど知識が豊富な店員さんから本音のオススメ盤を教えてもらったりといった、レコード店ならではの特別な経験や価値も、今後もずっと大事にしていくべきだと思いますが。

――今回がRSD11年目ですが、さらに10年後のアナログ市場はどうなっていると予想していますか。
カーツ 10年前に今の状況が想像できなかったのと同じで、まったく予想できません。音楽レーベルのオフィスが、デスクや壁など一面レコードだらけとかになっていたら最高だろうけどね(笑)。でも、デジタルDLやストリーミングとは違って、レコードというフィジカルなモノの良さのひとつは、手に取って自分たちの仕事を実感できること。ファンにとっても、その作品を所有しているのだと実感できるし、アーティストにとっても特別なアイテムになっています。だからニーズというのはずっと持続するし、大きく育てていくためのサポートをしていきます。

――日本でも、一時的なレコード人気ではなく、市場が成長していく可能性があるとお考えでしょうか。
カーツ もちろん。日本のレコードというのは、その品質やクリエイティビティには定評があり、第一級。多くの人を魅了しています。ボーナストラックというアイデアや、サウンドトラックを別の視点から評価する考え方など、私たちも学ぶ点が多くありますし、アメリカやヨーロッパにも大きく影響を与えていると思います。音楽コミュニティを形成するメンバーとして、助け合っていけたらいいなと思っています。

文/及川望 写真/西岡義弘

(『コンフィデンス』 18年4月16日号掲載)
■Profile/マイケル・カーツ
 08年、サンフランシスコを中心に始まったイベント「レコード・ストア・デイ」の創設メンバーのひとり。78年からレコードストアの店員として働きながら音楽学校に通うなど音楽漬けの日々を送った後、全米の独立系レコード店向け情報誌『The Music Monitor』の発行・編集にも携わる。現在はアーティスト・レーベルとのアナログレコード制作やディストリビューターとのやりとりなどを含め、レコード・ストア・デイに関わる業務全般をマネージする。

提供元: コンフィデンス

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