『カメ止め』が覆す、既成事実化した業界のヒット方程式
映画不況時代、全方位的に盛り上がった『カメ止め』
とくに若い世代が映画館へ足を運ばなくなっていると言われるが、その理由としては「映画館へ行く時間がない」「チケットが高い」「レンタルやテレビで観ればいい」という意見も散見される。だが逆に、YouTubeなどネット動画のほか、動画配信サービスの海外ドラマやオリジナル映画、バラエティを問わず“おもしろいコンテンツ”を巡って盛り上がっているシーンもまたよく見られるのが現状だ。
つまり映画館で映画を観ることが減っていても、映画が文化の中心を担う存在になり得ていることには変わりがない。そんななか、『カメ止め』は映画ファンはもちろん、普段めったに映画館へ足を運ばない人々をも劇場へ向かわせた。これを多くのメディアが取り上げ、SNSとともに一斉に盛り上がるというヒット現象が起きたのだ。
インターネット時代特有の“抜けたものが転がり続けていく”現象
このコメントにもある通り、同映画のヒットが過去の映画熱狂の時代と大きく異なる点は、スタッフ、キャストともに名もなき新人や若手たちによる自主制作的な作品ということ。ほかにも、テレビCMなどで大々的な宣伝を行ったのではなく、ネットニュースやSNSなど口コミが発火点となって広がった点も挙げられる。
ネットニュースの特徴のひとつに“注目されていること”自体がニュースになって転がり続けていく現象がある。それは、次第に雪だるま式に話題が膨れ上がり、今回に関しては“無名”自体も強みになってこれもニュース要素になった。また、それを観たこと自体もネタとなるため、観客はこぞってSNSに感想を投下している。ここにはおそらく、売れっ子俳優たちが出演する業界のヒット方程式に沿った作品に対する“逆張り”もある。また、人は無名から成功するサクセスストーリー、つまり“人が変わっていく姿”を好む傾向があり、それにハマったところもあるのだろう。
マーケティングありきのヒットさせるための安全策が疲弊
だが『カメ止め』はそうした業界のヒット方程式とは無縁にヒットした。上田監督の想いは、おそらく純粋に「おもしろい映画が撮りたい」だろう。ヒットはたまたまかもしれないが、この結果が及ぼす影響は計り知れない。SNSの発達で情報伝達が大衆化した今、大々的なCMを打たなくてもこれほどの盛り上がりが作れることが分かった。また、キャストやスタッフが無名であっても、おもしろいものはおもしろいと観客が認めることも示された。過去に作家の故・中上健次氏は80年代の文学ブームを振り返り、「我々の時代は多くの同人誌があった。そうした広い裾野を持つジャンルは強い」と語ったが、演劇界や映画界にもまだその広い裾野があることが証明もされた。
そして今、無名の表現者にもチャンスが訪れている。同作出演の女優・真魚は、大手芸能事務所ワタナベエンターテインメントの所属となった。また、2016年『毒島ゆり子のせきらら日記』(TBS系)で向田邦子賞を受賞した脚本家の矢島弘一氏も、橋本梓プロデューサーが芝居小屋に足を運んで見初めた脚本家だった。そうした昔ながらの発掘法が見直され、今後再び活発化する流れが起こる可能性もある。無名の表現者が「おもしろい」と思える作品を裾野で作り続けていくことで、エンタメ界がより盤石になる。業界も従来のヒット方程式にとらわれず、「おもしろい」ことに対してより積極的に挑む動きが起こるかもしれない。
メディアへ久々に明るい話題を提供した『カメ止め』は、昨今の邦画シーンの原作偏重傾向へ一石を投じた。高い人気原作の買い付けがなくても、アイデア次第で社会現象的なヒットを生み出せることを示したのだ。ミニシアターや芝居小屋には、既成事実と化したメジャーシーンのヒット方程式の名の下に埋もれる、優れた才能がまだまだたくさん存在する。この先、インディペンデントだけでなく、メジャーからもそこからの発掘が増え、そうした作品が増えていけば、必然的にクオリティもより上がっていくことだろう。今回のムーブメントには、邦画シーンに地力を付けさせ、真の活性化を図るチャンスが潜んでいるのではないだろうか。
(文:衣輪晋一)