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工藤静香が7年ぶりとなるアルバム『明鏡止水』をリリース、「自分がクリアになる”その瞬間”が大事」作品に込める想いとは?
「明鏡止水」の心が重要、「でも人は生きている以上、どこかに鼓動がある」
――今回のアルバムタイトル『明鏡止水』に込められた想いは?
いろいろな情報があふれた今、心を“すっと”落ち着かせること自体、なかなか難しい時代に入っていると個人的に思うんです。そんな時、心を一回リセットする時間、自分がクリアになるその瞬間、それはやっぱりとても大事……。今回のアルバムの中にはアップテンポからスロー、悲しい歌、セクシーな女性の歌、ありったけ収めたのですが、そうした人間が持つ喜怒哀楽を表現しながらも、常にクリーンな心でいられたら、という想いを込めてつけました。
――何かそう思われる人生のタイミングがあったのでしょうか。
いえ。元々ですね。どっちかと言えば人間的にバカ正直な方で(笑)、だからこそどうしても心を“すっと”させる時間が必要になる……。例えば誰もがお仕事で忙しいことはありがたいことだけれども、そうなるとどんどん自分の中で呼吸が浅くなるような気持ちに皆さんもなるのではないでしょうか。そんな時こそ、「明鏡止水」という言葉が心の中にあるだけでも違うと思うんです。また、一度“すっと”止まったほうが反動で強く動けるのではないかとも。私自身、ステージに出る前は「明鏡止水」の精神になっています。頭の中に「明鏡止水」の言葉があるだけで、もっと頑張れる、良いパフォーマンスができると考えています。
――完全受注生産限定版のジャケットはまさに、そんなイメージを醸し出していますね。
これは実際に水を張っての撮影になりました。いくつかの案から選ばせていただいたのですが、水を張ったイメージのこの背景に月を持って来てほしいと。また水面が幽かに揺れているのは、人って静止しているようでもどこかに揺らぎがあるよね、と思ったからです。なかなかピタッとは止まれない。生きている以上は。人は常に(肉体的、感情的にも)“呼吸”をしているからかもしれません。撮影では水の揺らぎはアナログで私自身で。水に浸かっての撮影もあったのですが、水面下で手足で揺らぎを作っていました(笑)。
「年々、コンサートでもファンの皆さんが涙を流していることが増えて」
Koki,からデモ曲をもらったのですが、どちらも大好きな曲調で。アレンジやギターリフも格好良く、そのまま使えるぐらいの完成度でした。「I am ready」では「好きなの嫌いなの、そっちが来ないなら知らないわよ」といった強気な女性の歌詞を。「アイスコーヒー」ではセクシーな艶のある女性像を描きました。どちらの曲も洋楽よりでしたので、固い日本語を乗せるのは難しかったのですが、オノマトペを入れ始めるとうまくハマってきて。
――Koki,さんからはどんな感想が?
「素敵。よくこの歌詞書けたね!」と言ってもらえました。で、私も「でしょ?」と(笑)。
――ありがとうございます(笑)。次に「?雪蘭〜好きより愛してる〜」ですが、作曲:大橋卓弥 編曲:常田真太郎 と、スキマスイッチのお二人が参加されています。どのようなイメージを膨らませ、作られたのでしょうか?
お二方には「すごく切なくて胸がきゅんとする歌をください」とだけ伝えさせていただきました。そして出来上がった曲を聞くと、頭の中に「フリージア=香雪蘭」という言葉が浮かんできて。花言葉も「感謝」や「あどけなさ」など可愛らしく、また冬の名前が入っているのに春の花というのが印象的で、それもどうしても歌詞で書きたかった。また「ビニール傘をつたう雨粒 紫陽花見て微笑んだ」の詞は実際に私が、雨粒のついた透明なビニール傘越しに見る紫陽花が大好きだから。あとはイチョウ並木のゴールドに輝く美しさで何度も癒やされたことがあるのでそれを書き入れ、四季を追って一緒にいた2人が離れてしまったんだけれど、「好きより愛してる」。その言葉で終わらせたくてこのようになりました。
――この楽曲にはファンから「切なく素敵な曲」「静香さんの愛情を感じられる」といったコメントも。
実はうちのツアーの男性スタッフも、ある日私が「香雪蘭〜」を歌った際に大泣きしていました(笑)。きっと何かが心に響いたのでしょう。コンサートを開いても、本当に年々、泣いてらっしゃる方が増えてきました。それは年齢的にいろいろ積み上げてきた世代だからかな、と。「勇者の旗」もそうです。でも歌を聞いて涙を流すというのは、心の浄化につながって良いことだと私も思います。
泣きました。とても切なくて最高で、でも切ないだけではない。「春にもならず 夏など遠く 秋に焦がれた 冬の過ち」――好きで好きで大好きだけど、でも私も幸せになるからねと前向きに歩いていく女性像を描かれたのがすごいと思いました。「霙」のタイトルも、過去に私は雪を「Ice Rain」と表現したことがありますが、「霙」は浮かばなかった。「雨にもなれず 雪にもなれず 流れもせずに つもりもせずに 歩きづらさを残しただけ」、霙を題材にしたその感情表現に「切ない……!」とグッと来ました。
実は橋口さんが私の声をイメージして書いてくださったようです。そのためか、橋口さんも「自分たちの中だけでは生まれなかった曲だ」とおっしゃっていました。本当に素敵な歌になり感謝しています。
「霙」(ミゾレ)MV出演のKoki,「私やるよ」……多忙のスケジュールのなか、奇跡的に撮影時間を確保
まずドラマ仕立てにしたいなというのがあって、なぜか自分が出演するイメージがわかなかったんです。そこで女優さんと俳優さんを探していたのですが、その頃から心の奥底ではKoki,に出て欲しいと思っていました。ですが彼女は多忙でスケジュール的に難しい。ところがある日、Koki,がちょっと早く仕事から帰ってきて「何しているの?」と声をかけられたんです。そこで「『霙』のMVを作ろうと女優さんを探している」と答えたら、「私やるよ」と。それから「絵コンテ」まで見て彼女も俳優として判断し、快諾。私と同様に曲を聴き込んでくれ、そして大変なスケジュールの中で運命的に一日だけ空いた日があり、無事撮影がされました。その時「あのね」って。「この曲、私にやらせてもらえてよかった」と。とてもうれしかったです。出来栄えも素晴らしいものでした。
――そのように作られた今回の『明鏡止水』。歌手・アーティストとしての創作活動と母として家庭を持つ一人の人間としてどのように両立されたのでしょう。
そうですね。まず両立するなら自分に文句を言わない。これはデビュー時からなのですが「やらせてもらっている」ということを忘れずにいなければと常日頃、思っています。例えば地方に私がコンサートで出かけてしまうと家は留守になるじゃないですか。だから「地方に歌いに行かせてもらっている」という気持ちでいないとバランスが取れない。家庭で迷惑をかけてしまうのですから。一言、「留守にしちゃってごめんなさい」と言って、さらにどんなに疲れても、「それは当然だよね」と内省しています。
――ある意味、芸を貫くと家庭などのプライベートが雑音となることもあるのではないでしょうか。
そこは柔軟性が大事だと思います。ただ一つだけ、譲れないのは「歌を歌い続けること」。そういった“芯”を持って臨んでいます。ただこうして経歴を積み重ね、最近は若いファンの方もありがたいことに増えてきました。昔から応援してくださる皆さんもそうですが、若い方々もいろいろな悩みを抱えていらっしゃる。……本当はその若い方々とも同じ時間を共有し、歌で言葉を伝えたかった。ですがそれは当然叶わないので、今は「今までの私があるから、この子たちが何か迷った時や辛い時に、積み重ねてきた自分の様々な詞を伝えられる、そんな意味では今で良かったのかもしれない」と腑に落とすようにしました。
――最後にメッセージをお願いします。
『明鏡止水』には様々な人間の感情が詰まっています。皆さんの普段の生活に、どこか刺激を与えられるものであればと願っています。クリアで澄んでいるんだけど喜怒哀楽が込められています。それを受け止めていただけたらとてもうれしいです。
(取材・文/衣輪晋一)