英語の文通から始まった…辻一弘が特殊メイクでアカデミー賞を受賞するまで

 3月5日(日本時間)に発表された第90回アカデミー賞で大いに話題になったのが、映画『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』(3/30公開)。主演男優賞とメイクアップ&ヘアスタイリング賞のW受賞を果たした作品だ。物語は、第二次世界大戦前夜。チャーチル首相の就任と、ダンケルクの闘いまでの27日間の秘話を綴ったもの。このW受賞が成されたのは、チャーチルをそっくりに演じたゲイリー・オールドマンの演技と、オールドマンをチャーチルそっくりの顔に変容させた辻一弘氏のメイクアップの腕前によるものといって良い。その受賞のカギとなった辻氏に、自身のキャリアと海外の第一線で活躍する英語力などを聞いた。
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学生時代に特殊メイクの巨匠と文通、英語は担任の先生が添削

 辻氏が特殊メイクの業界に興味を持ったのは、京都で暮らしていた10代の頃。アメリカの雑誌で、特殊メイクの大御所ディック・スミスの手がけた仕事を見たからだ。手紙か電話でしかコンタクトをとる手段がなかった当時、学生だった辻氏はスミス氏に直接手紙を送り、コネクションを築いた。とはいえ、「じつはその当時、全然英語ができなかったんですよ」という。

 「担任が英語教師だったので、手紙は先生に添削してもらいました。何度も文通をしているうちに、英会話での自然な言い回しやフレーズ、単語がわかるようになってきましたし、アメリカの雑誌をよく読んでいたので、そこから文章のヒントをもらうこともありましたね。だんだん英語には慣れてきたんですが、映画『スウィート・ホーム』の仕事でスミスさんのチームが来日し、初対面してからはまた一苦労。書くのとしゃべるのとは、まったく違います。その現場には半年近くいたんですが、最初はどうにもコミュニケーションがとりにくかったものの、次第に相手が言っていることもわかるようになりました」

「英語はまだまだの状態」ながら、一念発起して渡米

写真:Shutterstock/アフロ

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 高校卒業時に、すぐにこの現場入りを経験し、しばらくは日本での仕事に就いていたが、一念発起して渡米を決意。

 「アメリカ行きを決めたのは、やはり日本にいては自分のやりたい方法で特殊メイクをできなかったから。もちろん英語はまだまだの状態でしたけどね。いや、当時よりむしろ今の方がどっちつかずかも。英語も日本語も中途半端になっている気がします(笑)」

 独学で学び始めたころから、仕事に関することをできるだけ英語で考えるようにしたという。

 「『スウィート・ホーム』の現場でもそうだったんですが、一度日本語で文章を考えてから英語に翻訳するのではなく、最初から英語でものを考えて発言するようになってからは、スッと出てくるようになりました。僕は彼らからすれば外国人ですから、少々の間違いがあっても相手は聞く姿勢でいてくれるし、理解してもらえる。ただ、日本語でものを考えているとダメですね」

アウトサイダーだとしても、「やりたいことが決まっている自分を信じるしかない」

 苦手だった英語が不可欠の仕事を選び、渡米する。これを高校卒業時に決断した行動力、我が道をゆく思いの強さには舌を巻く。だが、そこには、辻氏ならではのある理由もあった。

 「卒業後に美術大学を薦められましたが、進学しなかったのには2つ理由があります。1つは、集団生活が苦手ということ。そしてもう1つが、学校は学ぶところではないということがわかっていたから。集団生活が苦手なのに、わざわざまた大学という集団に入ることは選びませんでしたし、自分の目標である仕事に一刻も早く近づけるような道を選んだんです。だけどそれは、“集団”側から見たらアウトサイダーですし、その自覚はあります。でも、やりたいことが決まっている自分を信じるしかない。自分の存在証明こそが、仕事への原動力になりました」

 こうしてハリウッドの世界に飛び込んだ辻氏は、特殊メイクアップアーティストとして活躍。『メン・イン・ブラック』、『猿の惑星』などの大作を手がけ、ハリウッドで22年以上もの長きにわたり映画の仕事に携わった。

 「ハリウッドは良い部分も悪い部分もあり、僕自身も複雑な思いがありますが、映画の仕事をするなら経験しておくべき場所。いろんな人が様々な注文をしてくるので、自分を殺さずに表現することが大事だと思っていました。僕は一度その場を離れたことも、良かったのだと思います」

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