ビリー・アイリッシュはなぜ日本でもヒットしたのか? ユニバーサル ミュージックMarketing Hubチームの挑戦
苦戦する洋楽市場でビリー・アイリッシュがスマッシュヒット
彼女は、ユニバーサル・ミュージック・グループのグローバルでの“プライオリティ・アーティスト”に位置付けられた存在。世界規模でも見れば、「第62回グラミー賞」で、史上最年少18歳で主要4部門受賞を含む5冠の快挙を達成するという結果をみるまでもなく、すでにトップスターとして輝かしい実績を残している。
ただし、必ずしも日本のマーケットで海外と同様に受け入れられるとは限らない。昨年の日本における音楽ソフトの生産実績は邦楽9割に対して、洋楽は1割という非常に小さなマーケットであり、若年層では“洋楽離れ”という見方もされがちだ。ましてビリー・アイリッシュは、同じく日本でもブレイクしたカーリー・レイ・ジェプセンのようなキラキラとした従来の華やかなポップ・スター像とは正反対の個性を持つ、極めて現代的のスターだ。
一体なぜ、ビリー・アイリッシュがこれほどまで日本においても“聴かれる存在”になったのか。洋楽にあまり馴染みのない日本の若年層に、そんな彼女の魅力を浸透させるため、1年間をかけてどんな下地作りを施したのか。
そこで重要な役割を担ったのが、ユニバーサル ミュージック(UM社)の洋楽部門で約1年前に新設されたMarketing Hubチームの存在だ。
「特に洋楽の場合、CDの発売スケジュールよりはデジタル、特にストリーミングの考え方でタイムラインと向き合う必要があります。個別のレーベルごとではなく横断型の組織でマーケティングを行い、各レーベルのデータや情報、ノウハウなどを集約しフィードバックしていこうというチームです。ビリー・アイリッシュに関しても、このメンバーがプロジェクトを回していました」(UM社執行役員 井口昌弥氏)
3秒で勝てるクリエイティブが「bad guy」だった
「まず、最初の3か月はビリー・アイリッシュという存在を知ってもらうため、、交通広告や大型ビジョン、Web広告など、とにかく認知拡大に努めました。。重視したのはリピートではなく、とにかく新規を開拓し続けること。途中で親和性の高い“音楽とファッション関心層”に重きを置き、ストリーミングの促進やソーシャルと施策も考えていきました」(UM社 Marketing Hubマーケティング・イノベーショングループ 横井氏)
その際に、同プロジェクトが最重要視したのが、ユーザーの動向を客観的に把握できるデータだ。Z世代の葛藤をあからさまに歌う歌詞が共感を得ていたことから、ビリー・アイリッシュと同世代の10代女性層にターゲットを絞り、MVにはすべて日本語訳を入れるなどタッチポイントを増やしていった。
同時に、SNS上の様々なプラットフォームでアルバム収録曲のMVを流し、その中で圧倒的に反応が“独り勝ち”状態であった「bad guy」を国内リード曲とし、以降のクリエイティブは、すべて同曲のみに一本化された。
「『この広告にはこの曲がいいだろう』という僕らの想像と結果が違うこと多くて。ユーザーが選んだ結果というベースがあることによって、自信を持って後のクリエイティブを「bad guy」で作り続けていくことができました」(UM社 Marketing Hubオウンド・メディア&コンテンツ・グループ 齋藤圭一氏)
「曲がどれだけ良くても、ビリー・アイリッシュを知らない人は、クリエイティブを見て好き嫌いを判断する。しかもその時間は3秒以内。つまり、3秒で勝てるクリエイティブが「bad guy」だったというわけです」(横井氏)
押し売り的なものではなく、ヒントをユーザーに提示する
「何気ない彼女のTwitter投稿をビジュアルに使うなどして、できるだけ広告っぽくない内容を設計し、10代にリーチできる下地を作りました」(UM社 Marketing Hubオウンド・メディア&コンテンツ・グループ 稲葉一茂氏)
「ソーシャルの反応を常にチェックしていると、彼女の場合、ツイッターで発する言葉やライブ中の何気ないひと言など、歌とMV以外でスパイクが点在していることが分かりました。特に今の10代は、自分の好きな方法でしか物事を好きにならない。タッチポイントも十人十色で、それが積み重なることでファンを増やしてきました。広告についても押し売り的なものではなく、ちょっとヒントをユーザーに提示するような内容で、なおかつ彼女のポテンシャルと上手く重なるものをトライ&エラーを積み重ねていきました」(齋藤氏)
感覚的なものは徹底的に排除、反響をデータとして可視化
2020年、先述したグラミー賞受賞のニュースのほか、日テレ系1月期日曜ドラマ『シロでもクロでもない世界で、パンダは笑う。』の主題歌に「bad guy」が採用されると、それまでオリコンのストリーミングランキングでは平均週間再生数が50〜70万再生であった再生数も、最高で260万再生を記録するほど、日本国内でも爆発的に人気に火がついた。
「平均70万再生というと、日本の洋楽としては上位に見えますが、邦楽を含めた横並びのチャートでは、世の中的にはヒット感がほとんど伝わっていない。そこをどうやって突破するかをストリーミングの動きを常にウォッチし、プレイリストの影響なのか、ソーシャルからきているのか、グラミー賞のような外的要因なのか、再生回数が上下する理由を都度探りました。要因をしっかりと把握し、広告、SNS、プレイリストなど各セクションの戦略を横断的に掛け合わせていけるのが、このプロジェクトの強みだと思います」(UM社Marketing Hubマーケティング・イノベーショングループ 松山大介氏)
「デジタルマーケティングにおいては、感覚的なものは徹底的に排除して、とにかく『データ』と向き合いました。市場で起きている反応や、どこに刺さっているのかをデータとして可視化する。昨年3月末のアルバム発売以降、データを見続け、小さな反応が発見できたら、『どうしてこうなっているの?』とチームと『ここの数値をもっと上げるにはどこにどう広告を打てばいいのか?』を常に考えて施策に取り組んできました。その結果が今に繋がったのだと思っています」(横井氏)
「お客さんからすれば、曲を初めて聴いた日が発売日ですから、一般の人にとって3月29日という発売日には、それほど意味がない。ビリー・アイリッシュのストリーミングが今、最高潮に達しているのがその証明です。もうひとつ、売り出す際に、『洋楽はこう売るべき』という自分たちの既成概念が、もしかしたら消費者のニーズや動向少しズレているのかもと気づけたことも大きな収穫でした。当初、『彼女(の作品のヒット)は日本では難しいかも』というスタートだったからこそ、数字を見て、客観的にプロジェクトを進めた結果、得られたことだと思っています」(井口氏)
現代は、ソーシャルにより世の中の声が可視化され、ストリーミングでユーザーの動向が細かくデータ化される時代だ。だからこそ、従来のレーベルの強みも活かしながら、そのデータ活用法が最も大切であり、同社Marketing Hubの存在は、これから先に必要となるマーケティング・チームのひとつの在り方だと言えそうだ。