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【小説】アンドロイドとの共同生活、壮絶な裏切り劇「部品の塊なのに…なぜ」

写真はイメージです(Ushico / PIXTA)

AIやロボット技術の進展によって、これから社会に大きな変化が訪れようとしています。例えば、自動運転については、警察庁が道路交通法の改正試案を発表するなど、実際に法改正の動きも進みつつあります。

特に日本人はヒト型ロボットの話が好きだと言われており、古くは鉄腕アトムも人間とロボットの物語でした。もし、技術の進展で、人間と人間そっくりのアンドロイドが共生する時代が訪れた場合、社会はどう変わるのでしょうか。

司法試験合格者の加藤渡さん(ペンネーム)に小説を寄稿していただきました。今回が前編となります。

*****

その女性が部屋に入ってきた瞬間に、疲れるタイプの相談者だということが、彼女が引き連れてきた空気でわかった。勘、という言葉を躊躇なく使えるほどキャリアを積んでるわけではないけれど、意思疎通のしやすい相談者とそうではないタイプがいることは否定できない。

「こんにちは。どうぞ」

机の向こう側の椅子を勧めると、女性の値踏みするような視線を頬の辺りに感じた。31歳の彼女にとって、同世代の自分は頼りない相談員に映るのだろうか。でも、仮にそうだとしても、そんなこと気にしてはいられなかった。

「どうされましたか」

普段以上に柔らかい口調を心掛け、わざとらしくならないくらいの微笑みを浮かべた。女性は、思い出したように顔をしかめた後に口を開いた。

「私、最近、職場で不当な扱いを受けているんです」

「不当な扱い?」

「ちょっと前に、職場にアンドロイド社員が入ってきたんです。で、私がそのアンドロイドの指導担当になったんですけど、そのせいで私、ストレスがひどくて」

女性が言葉を切ると、彼女が長く伸ばした爪で机を小刻みに叩くかちかちという音が狭い相談室に響いた。

「仕事を覚えるのも遅いし、残業もしないで帰るし。だから私、厳しく指導したんです。だって、もし人間のこと舐めてたら大変じゃないですか。それで私、会社のためを思って、別に言いたいわけじゃなかったけど、もっとちゃんと働きなさいって言ったんです」

頷いて先を促すと、女性は勢いよくため息をついた。

「そうしたら、そのことを私が上司に注意されたんです。まだ研修中だし入社したばかりで大変なんだから、もう少し気を遣わないと駄目だって。あと、なんか会社のルールでは一応、研修期間中はアンドロイドも残業禁止になってるらしくて。でも、でも、おかしくないですか?意味がわからないです。だって、アンドロイドですよ?それが人間だったら、私だって何も言いませんよ。慣れるまでは大変だってわかるから。でも、アンドロイドなんて。あんなの、中身は機械じゃないですか。感情も何もないのに、そんな機械人間のために私達が気を遣ったり仕事を増やされたりするの、理不尽だと思うんです」

興奮した様子で言葉を連ねる女性に悟られないよう静かに、ゆっくりと息を吐く。 外見も知能も人間と変わらないアンドロイドが開発され、人間と共に社会で生活するようになってから10年ほど経つが、彼女のようにアンドロイドを「機械」と差別する人は今でも少なくない。

特に、数年前にアンドロイド保護法が施行されてからは、アンドロイドの権利に対する人々の意識の高まりに比例するかのように、アンドロイドへの不満を抱えてこの相談室―アンドロイドとのコミュニケーション専門の相談室―を訪れる相談者が急増した。彼らは一様に、機械に権利を与えるなんておかしいと口にする。

そういった人達の考えが間違っているとは言い切れない。ただ、彼らとの相談は消耗する。

吐き出した息を吸い込み、女性の目を正面から見つめた。

「あなたは、人間には感情があると考えてるんですよね?」

「もちろん」

「じゃあ、動物はどうですか?」

「あるんじゃないですか。知らないけど」

「でも、あるかどうかははっきりとはわからない」

「そうですね。虫とか魚とかはないだろうし」

「はっきりとわからないのは、人間も同じなのではないですか?他人の頭の中を覗くことはできないのだから。人間と動物の差は何なのでしょう?」

「だって、人間は、考えてることとか思ってることを言葉で伝えているじゃないですか」

「でも、アンドロイドも言葉を話す。そして彼らの紡ぐ言葉は、彼らが人工知能を用いて考えているものであることは間違いない。それを感情と呼ぶかは別にして。その、人工知能の中身を、それが明確にはわからないからこそ、尊重しようとする姿勢は、とても人間的だと私は思います。あなたの働いている会社は、労働者に優しい、素晴らしい会社なのではないでしょうか」

*****

相談室は坂の上に建っているので、帰り道は市街の風景が良く見渡せる。橙色の夕暮れの中に浮かぶ街並みは、黒い画用紙を切り抜いたようだ。坂を下りながら、いつもは音を立てないように気を付けているヒールを踏み鳴らしたい気分になった。あの相談者はきっと、ヒールの音を立てて廊下を歩くタイプだろうな。不意にそんなことが頭をよぎった。

後方から、プププププ…という柔らかな電子音が近づいて来た。脇に寄ってちらっと振り返る。宅配ロボットだった。コンパクトな二輪で自走し、配達や集金までできる「産業用ロボを超えた産業用ロボ」として、世に出た頃は大きな話題になったらしいが、今では前時代の名残感が強い。追い越すとき、頭部をカタカタと段階的に下げるロボットに、反射的に会釈を返した。

さっきの相談者にとって、アンドロイドの権利について配慮することは、あの宅配ロボットに権利を与えることと同じなのだろう。

吐いた息が宅配ロボットのテールランプに照らされて、青く滲んだ。その後ろ姿が曲がり角の向こうに消えるまで、暗がりの中にぼぅっと浮かぶ光を見つめていた。

帰宅して着替えた後も疲労感は消えず、すぐには動く気になれなくてリビングのソファにうつ伏せになった。アンドロイドの研究開発に携わる夫の帰りが遅いのは、今日みたいな日には有難い。少し休憩しよう。そう思ったのを見透かしたように、玄関の扉を開ける音がして、慌てて体を起こした。

「おかえり。ごめん、今帰ってきたところで。ご飯これから作るんだけど大丈夫?お腹空いてるよね、急いで作るから」

立ち上がり、焦って言葉を連ねると、夫のエイトは頓着していない様子で鷹揚に笑った。

「メグ、疲れてるみたいだから今日は僕が作るよ」

「でも」

「いいから。僕もたまには、AI以外の物を作りたいんだ」

エイトが作ったのはシンプルなペペロンチーノだった。塩胡椒がたっぷりとかかったそれは、普段だったら塩辛く感じられたかもしれないが、疲れている体には心地よい塩気だった。

「何かあった?」

グラスに白ワインを注ぎながら訊ねるエイトに今日の相談者について話すと、彼は興味深そうに顎の裏側を右手の親指でかいた。

「自分の知らないことや目に見えないものに対しては、わからないから尊重しようとする人間と、わからないから否定しようとする人間の二種類に分かれるんだろうね」

「わからないことに対して不安を抱くのは自然なことだから、それを否定したくなるのは仕方ないのかもしれない。でも、私は、とりあえず否定するという姿勢が優れているということは絶対にありえないと思う」

「言いたいことはよくわかるけど、メグの言っていることも、わからないことへの否定じゃないのかな。僕はどちらが優れているとも思わないよ。ただ、自分がこうありたいという望みがあって、それに従って動いているだけだ。そこには優劣も正誤もない」

エイトの口調は淡々としていたのに、胸の内に直接言葉を刻まれたように、彼の思考がすとんと落ちてきた。この人と出会えて本当に良かった。そんな、10代の若者みたいなことを思ってしまった自分が恥ずかしくなって、エイトに気取られないように顔を俯け、パスタをゆっくりとフォークに巻き付けた。

「そういえば、ちょっと話があって」

顔を上げると、エイトが珍しく窺うような目でこちらを見ていた。

「なあに?」

「うちの研究所出身のアンドロイドが職場でいじめを受けたせいで、コミュニケーションのプログラムに若干の不具合が出てしまったんだ」

「そうなの…気の毒に。機能障害になってしまったの?」

「いや全然、そこまでではなくて。日常生活にも全く問題はないしね。でも、同じ職場での勤務継続は難しいということになって、この前いったん研究所に帰ってきたんだ。研究所で職員の補助に当たることをリハビリにして、社会復帰を目指そうと。だけど今、職員は自分の仕事で手一杯で、その子と会話をする時間がなかなかとれなくて、その子に申し訳なくて。それでね、もしよかったら、そのアンドロイドを住み込みのお手伝いさんとしてうちで雇ってあげたいなと思ったんだ」

「住み込みのお手伝いさん?」

「そう。真面目でしっかりした子なんだけど、人間不信になってるところがあるから、信頼できる人と関わらせてあげたいんだ。給料は、研究所から補助が出るから悪い話じゃないと思うんだけど、どうかな。ただ、僕の帰りが遅いせいで、メグに対応をほとんど任せてしまうことになるのが申し訳ないけど。駄目かな?」

アンドロイドと一緒に生活をする。予想外の話ではあったが、エイトの言う通り悪い話には思えなかった。家事が楽になるのはもちろん、アンドロイドと今までにない近い距離で関わることは良い経験になるに違いない。

「エイト。私が駄目って言うなんて、どうせ思ってなかったんでしょう?」

「うん、正直」

「やっぱりね…。もちろん大丈夫。最初はちょっと緊張しちゃいそうだけど」

「本当にありがとう。きっと、すぐ仲良くなるよ」

*****

数日後にやってきた女性アンドロイドのルナは、エイトの言葉通り、真面目でしっかりと働いた。22歳という設定年齢の割に落ち着いていて自己主張の少ない彼女は、ハウスキーパーとしては完璧だったが、もしかしたら職場の同僚達からは暗くておどおどしていると受け取られてしまったのかもしれない。けれどルナは、対人関係が苦手というわけでは決してなかった。むしろ、温厚で気が利く彼女との生活は心地よく、すぐにうちとけた。

「ずっといてくれればいいのに」

ルナが来て1か月ほどが経った夜、食後に彼女が丁寧に淹れたコーヒーを飲んでいたら、ふとそんな言葉が口を突いて出た。

「え…」

意表を突かれたようにこちらをぱっと見たルナは、まるで迷子の少女のような顔をしていた。

「あ、ごめんなさい。そんなこと言われても困るよね。冗談だから気にしないで」

照れ臭さゆえに思わず、早く元気になって働かないとね、と言いそうになり、すんでのところで飲み込んだ。相談員としてあるまじき失言をしかけたことに羞恥心を覚え、一気にコーヒーを飲み干しマグカップを持ってキッチンに向かう。

「本当に、気にしないでね」

マグカップを食洗器に入れながら念を押すと、背後にルナが追いかけてきた気配を感じた。

「私、嬉しいです」

振り向くと、立ち上がって両手を握りしめていたルナと目が合った。

「私、前の職場では上手くできなくて苦しかったです。やっぱり、アンドロイドの自分が人間と生活するのは無理なのかもしれないって思いました。自分が思い上がっていたのかもしれないって感じました。でも、ここで働かせてもらって、メグさんとエイトさんが本当に良くしてくれて、世の中には優しい人もいるってわかりました。だから、私、もう一度、自分に自信が持てる気がしました。メグさんとエイトさんのおかげです。心から感謝しています。私、本当に幸せです」

目が眩みそうになった。誰かから、こんなにもまっすぐな眼差しと言葉を向けられたことは今までにあっただろうか…。目の前に存在する物の色が瞬間的に変えられたような感覚に陥った。彼女の、その眼差しの源はガラス玉で、その言葉を紡いでいるのは人工知能だ。でも、その違いに、どんな意味がある?ガラスか角膜か。シリコンか皮膚か。人工知能か脳か。その差は私にとってどんな意味を持つ?

彼女が私に言葉をくれた。その言葉が私を震わせた。それが私にとっての全てで、確かなものだ…。

*****

「メグ。あなたの午後の相談、2件ともキャンセルになったって」

昼食を終えて相談室に戻ってくると、オフィスにいた同僚のレイナが羨ましそうに報告してきた。奥の壁に掛けられたディスプレイを見ると、たしかに自分の段に×印が二つ付いている。

「あら偶然。そしたら今日は早めに帰るわ」

「最近ずっと遅かったもんね」

「うん。ルナとケーキでも食べに行こうかな」

「あぁ、例のアンドロイド?ほんと仲良しね」

「でも最近、元気がないからちょっと心配で」

「元気ないの?心当たりは?」

「うーん。私と二人のときは普通なんだけど、エイトといるとき、なんかぎこちなくて。二人、喧嘩でもしたのかも」

「開発する側とされる側だもんね」

「あぁ、たしかに」

「たしかにって」

「一緒にいるとつい、忘れちゃって。もうずっと前からうちにいる子みたいな感覚なの。でも言われてみれば、そういう微妙な関係性ってあるのかもね。帰って、ちゃんと話きいてみる」

「深刻だったら、私が相談受けてあげるって言っておいて。破格で受けてあげるから」

「あ、はーい。伝えておきますねー」

棒読みで返すと、レイナが笑いながら肩を小突いてきた。

*****

玄関の鍵を開けて中に入ると、いつもと違う空気を感じ、思わず首を傾げた。

何か、変…。

いつもは帰宅したら必ずルナが出迎えてくるのに、今日は物音ひとつしない。買い物にでも行っているのだろうか。でも、ルナの靴はあるし、部屋の灯も点いている。

廊下を進むと、光が漏れているのは、リビングではなく寝室からだった。スイッチが切り替えられたように急速に鼓動が激しくなる。気づいたらなぜか、そろそろと足音を抑えて歩いていた。すぐそこにある寝室までの距離が異様に長く感じられた。震える手で寝室のドアを開ける。

息が、止まった。

視界に入ってきた情報を整理するまでに、数秒がかかった。やっと脳がその光景を認識した瞬間、反射的にドアを閉めていた。部屋から勢いよく押し出された空気が風になって髪を揺らした。動悸が激しすぎて、内臓が外に出そうだった。全身の皮膚が粟立っている。ぎゅっと目を閉じ、頭をからっぽにしようとすればするほど、瞼の裏に投射されるように、たった今目にしたばかりの映像が浮かんでくる。しなるエイトの背中、くったりした髪、振り向いて見開かれた瞳。それから。それから。エイトの左腕が抱きかかえていたものは、エイトの右手が触れていたものは―。

吐き気に襲われて、トイレに駆け込んでえずいた。縮れた茶葉のようになった緑色の破片は恐らく昼に食べたサンドイッチの野菜、舌をミキサーにかけたようなピンク色の半固形物はたぶんベーコン。カフェオレが腐って発酵したようなどろどろの原形は不明。体内の物全てを出してしまいたいと願って嘔吐を繰り返しても、網膜に焼き付いた映像は排出されなかった。

エイトが、ルナを―。

このまま死んでしまうのではないかと思うほどの嫌悪感だった。なんで?なんでアンドロイドなんかに欲情できる?あの中にはネジとかモーターとかコードとか、そんな物ばかりが詰まってるって、誰よりも知っているはずでしょう?あれは人間の形をしているだけの、ただの部品の塊なのに、なぜ…。

自分の思考を認識して、はっとした。トイレットペーパーで口の周りを拭う。ドアに背中をつけて天井を見上げたら、涙が頬をつたった。

私も、彼らと、同じだったんだ…。

わからないからこそ尊重しないといけない、なんてえらそうなこと言ってたくせに。私も同じじゃないか。心の奥底では、アンドロイドを物扱いしていた。

打ちのめされていた。自分自身の欺瞞を見せつけられたように感じた。洗浄スイッチを押すと、吐瀉物が一瞬で消え、嘘のように真っ白な便器が現れた。私も消えたい、消したい。消えてしまいたい。

血相を変えたエイトがトイレのドアを叩きに来るまでの永遠とも思える時間、空っぽになった胸の中で、そればかりを繰り返していた。

後編『【小説】「ただの器物損壊」不貞アンドロイドを「殺した」女性の叫び』はこちら https://www.bengo4.com/internet/n_9200/

(弁護士ドットコムニュース)

提供元:弁護士ドットコムニュース

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