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きっかけは父の突然死、喪失の苦しみを異世界“復讐”マンガに昇華「自分だったら…と考えていただけたら」

 「当たり前の日常が、突如終わりを迎えてしまった時、人は何を思うのだろう」。そうした問いかけから、生まれた異世界マンガがある。LINEマンガで連載中の『愛する人を殺す時、私は何を思うだろう』は、原案の和泉杏咲さんが、実父の突然死から着想を得た作品。 “失う苦しみ”を知った作家が物語を作り出すまでの葛藤、「異世界ものの皮を被ったヒューマンドラマ」と謡うその思いを聞いた。

“喪失感”と向き合った先に生まれたストーリー

 2020年以降、世界的に感染拡大した新型コロナウイルス感染症、情勢の急激な変化など、我々は「いつどうなるかわからない」という思いを、自分事として感じることが多く、それは現在進行形で続いている。和泉先生もその一人であった。

――先生は同作について、「“当たり前の日常が、突如終わりを迎えてしまった時、人は何を思うのだろう?”という疑問から生まれた」とSORAJIMAのnoteでおっしゃっていました。先生もお父様を亡くされた経験があるそうですが、2020年以降のことだったのでしょうか。

和泉杏咲先生はい。(父の死は)なんの前触れもなく知らせが届いたんですが、本当にそんなことがあるのだと驚いたと同時に、これまでの自分の行いをしばらく後悔し続けました。例えば、なぜもっと話をしなかったのか…は典型的によく聞く後悔ですが、まさか自分もそんな後悔をすることになるなんて…。

――とてつもない喪失感だったとお察しします。

和泉杏咲先生そうですね。喪失の体験は、人をどこまでも、徹底的に追い詰めていくのだなと、「死」が身近で起きたことで改めて思い知りました。どうすれば、自分のこの気持ちが救われるのだろうか?などなど、考えてもどうしようもないことだと言われても仕方がないことを、2020年の下半期は一人延々と考え続けていましたね。

――そこから本作へ思いを投影するまでに至った経緯は?

和泉杏咲先生この世界に生きている人たちもまた、喪失体験をいつか経験する、もしくは、もうすでにしているものなのだと改めて実感しました。例え自分の身近でそれが起きていなくても、どこかの地では喪失で苦しんでいる人々が存在しているのだと。毎日自問自答を繰り返してきた2年間だったので、今回のストーリーのテーマを思いつくことはごく自然だったなと、思います。

――この作品とお父様のつながりを感じたエピソードがあったそうですが。

和泉杏咲先生この作品の情報解禁日が父の3回忌で、連載開始日が父の誕生日の次の日だったので……父がもしかするとこの作品まで導いてくれたのかな?と、思うようにしています。ただただ悲しい日だったはずの日と、自分の人生にとって喜びの日が重なったので、ほんの少しではありますが、救われた気がします。

人間ドラマの中で「エンタメとして魅せる復讐」はどうあるべきか

 フロレンシオール王国の姫・エリカ。同国は、彼女が14歳の誕生パーティーの夜に、“鎧の男”率いるグランシエル帝国軍から突如襲撃されてしまう。エリカの母も、目の前で鎧の男によって命を奪われた。たった1人生き残ってしまったエリカは、母や友を奪った鎧の男を殺すことを決意する――。同作は、異世界ものであり、復讐劇だ。

――先生は、作品について「異世界ものの皮を被ったヒューマンドラマ」と表現されていますね。それはキャラクター設定でもこだわった部分があるんでしょうか。

和泉杏咲先生このストーリーの悪を全て引き受ける登場人物の行為を「破壊(命、文化含む)」と定義することは、最初に決めていましたので、自然と母親側の役割が「再生」になりました。意識したこととしては、男女関係なく「この世界観で目指す、再生とは何か」ということだけに焦点を絞り、向き合ってきました。

――人間ドラマを描くうえで、“復讐”が重要な要素の一つになっていると思いますが。

和泉杏咲先生復讐心が生まれるきっかけは「大切な●●を奪われた」という喪失体験が中心だと思っています。他者かもしれませんし、物かもしれませんし、自分自身の生活や心かもしれません。「喪失体験」と「人間として生きる」ことは決して切り離すことはできないものです。つまり、誰もが「復讐心」を持つ可能性を秘めていますし、もしかすると、実際行動まで起こした方もこの世界にはいらっしゃるかもしれません。
――その気持ちを物語に起こすのは大変かと思います。

和泉杏咲先生はい、私にとってはとても大変な日々が続いています。「エンタメとして魅せる復讐」はどうあるべきかと、「この復讐を表現する意味は何か」ということを自問自答しながら、この話のベースを組み立てていきました。本作品のような「人間の闇」を扱う作品であればあるほど、誰かの心に刃として刺さってしまう確率は増えていくことでしょう。そういう意味でも、私自身の覚悟も問われた題材でした。

――冒頭からの数話は、タイトルから想起できる恋愛要素が皆無です。「本当にここから恋愛が生まれるの?」というコメントも多く寄せられていました。タイトルから入ってきた読者の心をつかむまでに1〜3話で意識したことはありますか?

和泉杏咲先生主人公(エリカ)に殺意が芽生えるきっかけを「大好きな母親が殺される」という衝撃的な場面にしました。これを丁寧に描き切ることにしたのは、話のテーマを伝えるためにも「これは、母親を殺した相手は復讐されても仕方がないよね」と読者に一度は思っていただかなくてはならないと思ったからです。1〜3話でエリカの中で芽生えさせた殺意と、4話以降に形成するエリカのラウールへの恋心をいかに同レベルまで作り込んでいけるかが、大きな課題でした。

――序盤の悲しい展開に心が折れそうな読者もいるかもしれません。読者へのメッセージをお願いします。

和泉杏咲先生エリカという主人公は「成長」する存在として創りました。特に見ていただきたいポイントは2つ。1つ目は「試行錯誤しながら立ち上がり続ける姿」。もう1つは、「幸せになることを決して諦めない姿」です。辛いことがあっても、エリカは与えられた環境や言葉をわかりやすく吸収しながら、困難を乗り越えて試行錯誤して乗り越えていきます。さらにエリカには、エリカの周りにいる人全ての幸せを諦めなくても良い方法を模索し続けるという役割も担ってもらいます。そんなエリカの姿で、読者の心に勇気を与えられたらうれしいです。

「より世界観を楽しんでほしい」裏話に込められた裏テーマとは

――本編のみならず、プロフィール欄に投稿されている【裏話】も、読者は注目しているようです。『シャルルはグランシエル帝国で売られている雑誌で特集されている「最も抱かれたい男」ランキング1位だそうです』(3話)のような、シリアスな物語とは相反するクスッと笑えるものも含まれています。裏話に込めた思いをお聞かせください。

和泉杏咲先生自分がかつて、マンガ家さんが単行本の中で書いてくださる「裏話」「執筆秘話」が好きで、それだけを何度も読み漁ったなという経験を思い出しました。もともと、シナリオからネームにしていただくにあたり、削っていただいた箇所が複数あったので「その箇所を裏話として載せることで、よりこの話の世界観を楽しんでいただけるかな」という発想になりました。原稿上では見せられなかった裏話を知っていただくことで、登場人物に対するイメージが膨らみ、より皆様の中で存在感がリアルになったのでしたらうれしいです。

――存在感がリアルになるだけではなく、人間味あふれる部分も知れることで、ヒューマンドラマとしての側面も引き立つ気がします。

和泉杏咲先生この話では、絶対的な「悪」として描いているのは、現時点では1人だけです。それ以外の人間については極力「人間らしい部分も実はあったのね、じゃあどうしてあんな風になっちゃったんだろう?」と思っていただけると、この話で伝えたい、裏テーマが伝わるのかな…とこっそり考えています。

――読者からの反響で印象に残っているものはありますか?

和泉杏咲先生「この展開に、こう思う方がいらっしゃるんだな」と、私にはなかった価値観を持っていらっしゃる方にコメントを書き込んでいただけたことが、本当にありがたいことだと思っております。中には、私以上に深くこの物語の本質を考察してくださる方もいらっしゃるので、学ばせていただいております。
――背景の美しさやドレスの細かいデザインなど、絵に関するコメントも多く見られましたがSORAJIMAへオーダーしたことはありますか?

和泉杏咲先生このストーリーは実は、とあることに関する「暗喩」で舞台設定を作っているため、場面ごとに「この場所に今主人公はいる」「この背景モチーフが、このコマにはどうしても欲しい」というのを、細かくシナリオ上で指定しています。物語の筋に関係ないものについては、編集者さんと相談の上カットしたものも、もちろんあります。それでも今皆様にご覧いただける話のいくつかにも、この「暗喩」のために作られた背景が見られるコマは数多くございますので、興味を持って見ていただけたら、と思います。

――「異世界ものの皮を被ったヒューマンドラマ」である本作を通じて、読者に届けたい先生の思いを教えてください。

和泉杏咲先生もしも、自分にこういうことが起きたら、どんなことを思うんだろう――そういう「if」の数々をこの作品には散りばめさせていただいております。特に「喪失」に関するものは、割と多く取り入れている自覚もあります。エリカに託した役割があるように、ラウールにもシャルルにも、すべての人間にはある「喪失体験」をもとにして作った思考実験のための材料を散りばめさせていただいておりますので、この物語を通じて読者の方にも1度「自分だったらどうするんだろう」と考えていただけたら嬉しいです。そうすることで、いざその時がきた時に、少しはショックが和らぐかもしれませんから…。

――エリカにとって「悪」であったラウールにも、人間らしさを感じるエンディングがあると期待しています。

和泉杏咲先生もし自分の大切な人がラウールに殺されたとしたら、今の私は正直許せないという気持ちの方が強いです。ただ、だからこそでしょうか。彼や、エリカ、そして周囲の人々をどう動かせば「ラウールは許されてもいいかも」と思えるのか。その思考や行動のプロセスを追いかけるのは、創作物だからこそできることだとも思っています。それもまた、本作品が背負えるミッションの1つなのではないかと、私は考えております。10月29日(土)更新分の26話以降から、一気に物語が加速していきます。ぜひお楽しみいただけますと幸いです。

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