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『かりあげクン』40周年、作者・植田まさし氏の矜持「ネクスト・イズ・ベスト」
かりあげクンは“ダメな人”、優位性と劣勢性を刺激してカタルシスを提供
主人公を目立たせるために、外見を特徴づけた。まずはヘアスタイルが“かりあげ”であり、髪の毛部分のギザギザは4つ。こだわりは「一番目立たない感じで目立つこと」。植田氏の作風は他の漫画と違い、登場人物たちがあまりワイワイと騒がない。淡々とドラマが進んでいくため、編集から「主人公があまり目立ってない」と言われていた。そこで、外見で目立たせることにしたという。
「人の心には、優位性と劣勢性が存在します。あいつに勝ってる、うれしいという上であることの喜びと、あいつより下だな、嫌だなと感じる2つです。主人公を上の立場にするか下の立場にするかでドラマは大きく異なりますが、かりあげクンはいわゆる下の立場。そんな彼が、上の立場であれこれ言ってくる木村課長や同僚たちをイタズラでやっつけるカタルシスで読む人の心の辻褄を合わせているんです。僕が描く主人公はこの上か下かのどちらか。例えば『おとぼけ部長』は、上の立場の人がやられる、失敗する流れです」
かりあげクン以外の人間はやられる側だが、唯一分身のようなキャラがいる。メガネをかけ、かりあげクンと共に外回りの営業をする同僚だ。「彼はかりあげクンと同じ言動、考えをしています。かりあげクンの気持ちを代弁する役回りで、いつもポーカーフェイスのかりあげクンが心情を吐露するとキャラが崩れるため、彼がその説明をする。お話を作る上で、非常に役立つ存在になりました」
40年前と比べて“風刺”は描きづらくなった
最も変わったものは“物”の形や発展。テレビはブラウン管から薄型になり、冷蔵庫は1ドアから、現在は5〜6ドアのものへ。とくに携帯電話やスマートフォンの登場は大きかった。かりあげクンから連絡がなく、課長が「かりあげはどこに行った!?」などといったお馴染みの展開があったが、通信技術の発達により、“連絡が取れなくてモヤモヤする”という物語は説得力を失っていった。
そんな同作は、ある種“歴史書”的な意味合いも持っている。例えば連載当初の40年前、かりあげクンが同僚とランチに行った際の2人の会計はオフィス街のレストランであるにも関わらず1000円以下であり、別のお話では、オフィスで「タバコ休憩」があり、喫煙所ではなく、オフィス内で皆が一斉にタバコを楽しんでいる光景が描かれている。物価の上昇、現在の厳しいタバコ規制など、今と昔の社会の変化が見て取れるのだ。
『かりあげクン』も連載当初は、アメリカの「核の傘」問題などをギャグに取り入れたりしていたが、「そういった時事ネタ、事件ネタは描かなくなった」と植田氏は話す。「きっかけは私の作品が単行本になり始めたからです。単行本になるまでに約1年。その1年で、時事ネタや事件ネタは古くなり、その面白さが分からなくなってしまう。ですから今、私が心がけていることは“いつ読んでも面白い漫画”。普遍的な面白さを求めて日々、描いています」
嫌な人をやっつけるとうれしくなる、変わらないのは“人の心”
「家で朝日新聞を取っていたので、子どもの頃から長谷川町子先生の『サザエさん』、根本進先生の『クリちゃん』、サトウサンペイ先生の『フジ三太郎』を読んでいました。小学校5、6年の時に『少年サンデー』『少年マガジン』が登場したのですが、それは読んでいなかった。その後、漫画家になろうと思っていろんな漫画を読み始めたのですが、そこで衝撃を受けたのが、秋竜三先生の『Ohジャリーズ』。そのテンポやスピード感たるや、『あぁこれだ!』と。そして本格的に4コマ漫画を描き始めました」
「僕のモットーは“ネクスト・イズ・ベスト”。常に新しいものが一番面白いと感じられるようにしたい。つまり僕のライバルは、過去に僕が描いてきた作品すべてなんです」と植田氏。ちなみに漫画家人生50年で、締切を守らなかった日は一日もないそうだ。
「イタズラされたら怒るし、嫌な人をやっつけるとうれしくなる。今も昔も変わらないのは人の心」と話す植田氏。かりあげクンが今後、どのような騒動を巻き起こしていくのか。木村課長には気の毒だが、今後も盛大に、かりあげクンにやっつけられてもらいたい。
(文/衣輪晋一)