• ORICON MUSIC(オリコンミュージック)
  • ドラマ&映画(by オリコンニュース)
  • アニメ&ゲーム(by オリコンニュース)
  • eltha(エルザ by オリコンニュース)
  • ホーム
  • スポーツ
  • 熊本の”芋野球少女”から変貌を遂げた美女社員が語る「SNS世代の仕事観」
ORICON NEWS

熊本の”芋野球少女”から変貌を遂げた美女社員が語る「SNS世代の仕事観」

竹本萌瑛子(画像:本人Instagramより)

竹本萌瑛子(画像:本人Instagramより)

 熊本で野球少女だった女の子が、表参道でモデルに。そのビフォーアフター写真を投稿して話題となった竹本萌瑛子さん。現在はIT企業で会社員として働く一方、モデルやインフルエンサーとしての活動も複業的に行っている。スポーツをやっていた頃だけではなく、社会に出た今も「中期的な目標を決めて、とことんやり込む気質がある」と語る彼女に、SNS世代ならではの仕事観を聞いた。

“芋野球少女”の取り上げられ方に驚き「SNSで言葉が持つ力強さ感じた」

 ビフォーアフター写真とともにつぶやかれた「熊本の芋野球少女から 表参道で撮影する女になっちゃったよ お母さん」という言葉。“芋野球少女”というワードの力は凄まじく、昨年つぶやきが話題になってからも定期的にビフォーアフター写真がSNSで話題になっている。竹本さんは「SNSによって、私のやれることの幅も大きく広がった」という。

――ツイートビフォーアフター写真が話題になったのは昨年ですが、いまだにSNSで話題にあがることも多いですね。
竹本さんそうですね。反響は私の想像の遥に上でした。大学2年生のときに私はミスコンにも出場していて、皆さんに自分のことを知ってもらおうとまったく同じ写真を投稿したことがあったんです。

――そのときはどれくらいバズったんですか?
竹本さんまったくバズりませんでした(笑)。一緒につぶやくワードを変えただけで話題になったので、“言葉”ってすごいな、大切なんだなってあらためて実感しましたね。

――“芋野球少女”というワードはとても自虐的な印象です。
竹本さん確かに「全然“芋”じゃないじゃん」とか「変に自虐してる」と捉えられてしまうこともありました。でも私は“芋”という言葉を見た目のことではなくて、田舎者という意味で使っていたんです。”芋”と”表参道”で、対比する言葉として使いたいという意図もありました。当時はそこまで取り上げられる言葉だったのかという感覚で。SNSでの表現っておもしろいなと感じていました。

仕事とプライベートで複数のコミュニティを持つ、20代のSNSとの距離感

――現在はSNSを通じて仕事をする機会も多いんですか?
竹本さんそうですね。今は会社員として働いていますが、フリーランスでモデルもやっています。自分で自分を売り込まないといけないので、SNSで積極的に発信して、そこで出会う人とのつながりを大切にしています。SNSを介して人と会うって、親世代や目上の方には否定的に見られる場合もまだまだあります。私自身も最初は怖かったんですが、今では得るものも多いと思っていて。おすすめするわけではないですが、一つの方法としてはアリじゃないでしょうか。

――SNSでつながった仲間とリアルな友達、比率はどのくらいですか?
竹本さんうーん、やはりリアルな友達のほうが割合的には多いですね。自分の話をするとなれば、やはりリアルな友達のほうが話しやすいので。

――では逆に、SNSでつながった人とはどんなことを話すんですか?
竹本さんSNSで知り合った人とは、仕事の話とか、お互いの考え方や価値観についてですかね。そういう話はリアルな友達とする機会ってあまりなくて、あらたまってできない部分でもあるので。それぞれのコミュニティにいいところがあって、私にとってはどちらも大切な場所です。

――竹本さんは本業のほかにもSNSを通じて色々な仕事をされていますが、周りの方たちはどうですか?
竹本さんおもしろいぐらいに、みんな違いすぎる感じです。働き方については、ちょうど過渡期を迎えているというか。すでにいくつも収入の柱をもってガンガン動く人、やりたいけど踏み出せないという人、本業一本で興味がないという人、専業主婦になりたい人…。本当にどの層が多いと言えないほど、色々な人がいます。だからこそ、世間の声に答えを求めちゃいけないんだと思います。副業することが正義だとは思いませんが、自分がやりたいことをやるのが一番だと考えています。

「努力で補えない部分をどう埋めるか」“女子1人”の経験が教えてくれた

 竹本さんが野球を始めたのは小学4年生のとき。兄弟全員がスポーツに親しんでいたが、野球を習いたいと言ったのは竹本さんひとりだった。「女子ひとりだけなんて…」と家族や友達の誰もが心配するなかで、「やりたいことは空気を読まずにやる」と自分の意志を貫いたという。

――女子がひとりって、心細くはなかったですか?
竹本さんみんなにとても心配されたんですけど、身長も高いし、運動神経もあったし、ドッチボールとかもめっちゃ強かったし(笑)、私自身はそこまで不安はなくて。練習次第でやっていけるかなと思っていました。

――チームメイトたちの当時の反応って覚えていますか?
竹本さん今考えると意識されていたのかもしれないけど、私はまったく感じていませんでした。大会の始球式など、他のチームも集まるところで「女の子がいる」と囁かれるくらい。「竹本は女だから…」みたいなことはありませんでしたね。

――スポーツの経験が今の生活に活きていると感じることはありますか?
竹本さんやはり野球をするなかでの、女子が自分一人だったという経験です。小学生までは男子とそこまで変わらなくても、中学生になると体力差も出てきて、努力では補えない部分がどうしてもあるんです。そのハンデをどう埋めるか。たとえばファーストとして柔軟性を誰よりも高めようとか、コントロールだけは負けないピッチャーになろうとか。差があるからと腐らずに、考え方を変えていくことは今にも生きていると感じますね。

――今後はどのような活躍をしていきたいですか?
竹本さん自分の一生をかけてやりたいことが、私はまだ見つかっていないんです。これまでも、中長期的にやりたいことを見つけてとことんやり込んで、達成したら別の目標を…というやり方をしてきていて。今は足元にあるそういうことを積み重ねて、なんでもやっていきたいです。

あなたにおすすめの記事

 を検索