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『三太郎』シリーズ手掛けるトップクリエイター・篠原誠氏が語る 現代テレビCMの在り方「広告は“作品”ではない」
人気シリーズならではの飽きられない工夫 エモーショナルに響く音楽が重要なカギ
長く続くシリーズものの利点として篠原氏が挙げるのは、登場人物や設定の説明を省けることだ。たとえば『三太郎』の場合は、桃太郎、金太郎、浦島太郎を見た瞬間にauのCMだと認知され、キャラクターの関係性を説明せずに、すぐストーリーに入れることができる。また、隠れキャラとして登場し話題を呼んだ“一寸法師”(前野朋哉)のような演出も、シリーズものならでは。期間が限られているCMでは伏線をはりづらいが、シリーズものなら成立させることができるのだ。
利点がある一方、シリーズものは飽きられてしまう危険性も。そのためさまざまな手法で新鮮味を加えていると篠原氏は言う。
「『三太郎』も、初めは会話劇でしたが、浦ちゃんが『海の歌』を歌うだけのエモーショナルな歌モノにしたり、金ちゃんが鬼退治に行く友情モノにするなど、趣向を変えて制作しました。また、一番わかりやすく新鮮味を加えられるのは、鬼ちゃんや織姫などの新キャストを登場させることですね」(篠原氏)
篠原氏の言葉通り、鬼ちゃん(菅田将暉)、乙姫(菜々緒)、かぐや姫(有村架純)、織姫(川栄李奈)など、続々登場する新キャラクターは毎回豪華な顔ぶれ。新鮮味と同時に、「次は誰がどんなキャラクターを?」という期待感を持たせる効果もある。最近では、“一寸法師”に次ぐ隠れキャラとして“親指姫”が登場。過去作にも“実は”出演しており、1年以上前にインスタも開設していた“親指姫”は“三姫のママ”という設定。今後の展開が期待されている。
また、同じauの『高杉くん』シリーズとのコラボも斬新な試みのひとつ。
「『三太郎』と『高杉くん』のCMには、明確なすみわけがあって。『三太郎』は昔話なので、スマホを登場させられないんです。サービスや使用実感の共感をしてもらうのは難しいので、そういったものは『高杉くん』で説明しています。同じ企業のCMキャラクター同士がコラボするのはあまり見たことがなかったので、新たな試みとしてやってみたんです」
さらに、篠原氏の手掛けるCMで印象的なのが“歌”の存在。浦ちゃんを演じる桐谷健太が歌い、紅白歌合戦でも歌唱された『海の声』や、JTの『想うた』シリーズでMONGOL800のキヨサクが歌うCMソングなど、人々の心に響く音楽が重要な役割を担っている。
「音楽は、共感を作りやすい一つの要素。人間の脳は、映像と音だと、音の方がエモーショナルに響くんです。短い秒数のCMにとっては大きな武器になるので、音構成は毎回こだわって制作しています」(篠原氏)
“好感”は“共感”から生まれる「東京ではなく地方の感覚を意識して制作」
「たとえば同じ映画を観たときに、泣けたポイントなど共通のところが見つかると親近感が生まれて嬉しいのと一緒で、共感から好感が生まれるんですよね。“泣ける”だけではなく、“おもしろい”、“カッコいい”、“驚く”など、いかに共感を作るかを大事にしています」(篠原氏)
多くの人に共感されるものを制作する際、篠原さんが想定するのは、東京ではなく地方の人々。
「広告なので、なるべく多くの人の心を捉えないといけない。その際に、先端を走る東京の人たちよりも、田舎の兄妹や友だちがどう感じるか、反応するかを考えながら作っています。遊びが多く、情報の多い東京の人たちの感覚はちょっと特別な部分がある。もちろん商品にもよりますが、東京以外で暮らす人々にも共感してもらえる想いを大事にしています」(篠原氏)
また、映画のように自ら選んで“観に行く”ものではなく、何気なく目にしてしまう広告においては、一定の礼儀が必要だとも。「見た時に傷つく人がいないかどうか」を常に意識して制作を行っている。コンプライアンスやSNSでの過剰反応が度々議論される昨今だが、元々自主規制をかけて作っているため、それによって作りづらくなったとは感じていないと語る。
元々クリエイティブ志望ではなく、マーケティングに興味があった篠原氏。CMを作る際も、まずは商品やサービスが受け入れられる方法を考えてゴール地点を設定し、具体的な内容を詰めていくスタイルだ。
「作品やアートであれば、自分の個性や表現したいものを作りますが、広告は芸術ではないので。商品の価値を上げたり、サービスを広めることが最終目標なので、それに向かって制作していきます。CMは“作品”ではなく、“広告”。世の中にある商品やサービス全部が発明品で、それを世の中に届けて、作った人、売った人、買った人すべてが幸せになるきっかけを作るのが、広告だと思っています」(篠原氏)
広告の目的はあくまで、物やサービスの価値を高めることだからこそ、篠原氏の目指すゴールは好感度ではない。「生意気かもしれないけど、好感度が高いと言われるよりも、クライアントから“あの商品売れたよ”って言われるほうが嬉しいんですよね(笑)」(篠原氏)
CM制作に“勝ちパターン”は存在しない「良いCMだと言われても、商品が売れなかったらダメ」
「少し前までは電車の中でスマホを見ている人の画面はSNSやニュースが多かったのですが、ギガ数が増えたことで動画を見る人がかなり増えたと思うんです。家に帰ってスマホで動画の続きを見たり、テレビ以外の物で視聴する“習慣”ができた。ただ、デジタルの広告は飛ばしてしまう人も多く、現状ではテレビCMを見ている感覚とは違った認識がある気がします。今は過渡期ですが、今後デジタルの広告も変化していくのではないでしょうか」(篠原氏)
また、メディアが多様化した今の時代だからこそ広がった可能性もあると篠原氏は指摘する。
「昔は“伝えたいこと”はCMで完結しなければならなかったけれど、今は完結しない広告も許されるようになった。たとえばボケだけを投げかけて、SNS上で視聴者がツッコむことで成立したり。逆にわかりにくい表現をあえて使うことで、その意味を調べて知ることで成立する場合もあります」(篠原氏)
見ている視聴者もプレイヤーの一員としてコミュニケーションを構築できるようになったのは、昔との大きな違い。強烈なインパクトで話題になったハズキルーペのCMも、SNSで盛り上がったことで認知した人も多く、そういった意味では現代にマッチしたCMと言えるだろう。
しかし、時代が変化しても良質なCMの根本は変わらない。「どれだけいいCMだと言われても、商品が売れなかったらボクはダメだと思う。逆に、SNSで評判が悪くても、商品の価値が上がったり物が売れたのなら、いいCMじゃないかなって思うんです」(篠原氏)
そして篠原氏の中にはCMの“勝ちパターン”は存在しないとも。
「毎回、商品も違えば、ブランド資産やシェア、時代背景も違ってくるので、オリジナルにならざるを得ない。人によっては勝ちパターンを持っているかもしれないけれど、僕はないですね。だから、担当させて頂いた仕事を並べたら、同じ人が作ってると感じないと思います」(篠原氏)
もちろん時代背景によって好まれるパターンはあるが、その傾向を探り商品価値と合わせてより多くの人に伝えていくのが“広告”。
「僕は天才でも秀才でもないから、たくさん考える。自分の実力が3分の1だったら、3倍考えればいいわけだから。必ず勝てる確証はないけど、工夫をすればやり方次第で勝てるのが広告だと思っています」
メディアが多様化し、今後CMの受け取り方は時代に合わせて変化していくだろう。しかし、作り手の根本にある普遍的な想いは、いつの時代も変わらないのかもしれない。