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ライセンス藤原一裕の初小説『遺産ゲーム』、第1篇全文を先行公開!

 この稼業をやっていればそのうち出合う金額だろうと思うのだが、間抜けの原からすれば拝むことのない金額であったのだろう。両手をズボンのポケットに突っ込んだまま驚きで両肩が上がり、膝が少し曲がったがに股の状態で、瞬間冷凍されたように固まってしまっていた。直視出来ないほど滑稽なポーズで固まっていたため、原がいるのとは反対方向の空を見てやり過ごした。しばらくすると落ち着きを取り戻した原が、今まで通りの兄貴風を吹かせた言い方で話しかけてきた。

「金額聞いて完全に引いたなって思ってんだろ」
「思ってないっす」
「お前がしめた風俗ビルの売り上げ考えたらボーナスとしては安すぎるなと思ってちょっと引いたんだよ。がっかりだ」
 がっかりとはよく言ったものだ。先に1本に対して10万と判断した男の強がりのセリフにしては無理があると思いつつも、何処か「本心」「本音」とも聞こえる気持ちの入った言い方だったが、後ろから呼ぶ牛嶋の声に、また期待で胸が膨らんでしまっていた。

「おい」
「……」
「おい」
「……」
「おい」
 原が正面を見たままピクリとも動かない。「牛嶋の原」条件反射は何処へいってしまったのか。聞こえていないわけではないはずなのに。
「原!」
 即座に返事をすると玄関へと向かったが、すぐにこちらへ向き直った。
「二度と呼ばれ間違いしたくないから名前呼ばれるまで反応しなくなってんじゃねえかって思ってんだろ」
「思ってないっす」
 不意打ちのようなタイミングに危なく吹き出すところだったが、何とかこらえて玄関での会話に耳を傾ける。
「いつもの中華屋で出前頼め」
「へい」
「俺らは回鍋肉定食2つに青椒肉絲定食1つ。それにラーメンと餃子のセットが3つだ。お前と英次も好きなもん頼め」
「分かりました、ありがとうございます」

 外に出てきた原が携帯を取りだし電話をかけだした。なじみの店なのか、中華屋の番号を携帯に登録してるなんて原にしては意外だった。通話ボタンを押して数秒してから話しだした。
「出前頼みてえんだけど。エビチリをケチャップ多めで。ああ、頼むぞ」
 いよいよ頭がおかしくなったのか、玄関の中で数十秒前に牛嶋から言われたのとは全く違う注文をして電話を切ってしまった。

 しかも、今まで通り正面を見たまま立っている。
 このままではちょっと酸味の利いたであろうエビチリが1皿運ばれてきて牛嶋にどやされるだけだ。いや、今日の原に対しての牛嶋の怒りなら小指を失うぐらいの話になってもおかしくないかもしれない。なのにこの男は平然と立っている。俺にもとばっちりが来るかもしれないと思い、原に注文のやり直しを促そうと思った時に原が口を開いた。

「回鍋肉定食2つと青椒肉絲定食1つ、ラーメンと餃子のセット3つ頼んでねえじゃねえか何やってんだコイツ、ケチャップ多めのエビチリなんて関係ねえだろ、このままじゃやべえぞお前、牛嶋に何されるか分かんねえぞ、何なら俺にまでとばっちり来るんじゃねえのかよ、勘弁しろよって思ってんだろ」
「思ってないっす」と答えようとしたとき、見晴らしのいいこの高台の別荘へと続いている道をこちらに向かって動くものに目が留まった。それは配達用バイクに岡持ちを積み、ヘルメットを被りコック服を着た男だった。先程頼んだ中華屋の配達ならあまりにも早すぎる。原が電話をかけてから、ケチャップ多めのエビチリを調理したにしてはあまりにも速いスピードだ。
「上納金」
 バイクに気をとられていると、原はぽつりと、確かにそう言った。
「え?」
「上納金だよ。俺が本当に銀行のATMから振り込んだと思うか? 自分の足でも届けず、銀行からも振り込まず、未だに俺が持っているとしたらどうする?」
 原が何を俺に説明しているのか分からなかった。内容もそうだが、話し方も今までの間抜けのそれとは違い、低く冷静に抑えたトーンに加え、肝に深く落ち込んでいく重みのある話し方だった。

 道のうねりに見え隠れはするものの、配達用バイクは確実にこちらに近づいてきている。
「英次、この別荘の権利書と上納金合わせて幾らかお前に計算出来るか?」
「い、いいえ」
「軽く2億は超えている」
 何と返していいのか分からなかった。するとそれを分かっていたかのように落ち着いて原が続ける。
「この組をどう思う? 実力社会のこの極道稼業で誰が作ったか知らんが年功序列が息づいて、下が上がれる訳もなく、甘い蜜を吸うのは上に居座る能無しだけ。違うか?」
「え、あっ、はい」
「慰安会で完全に気の抜けたアイツらに取って代わって2億の手土産持って本家に参上したら周りはどういう反応するんだろうな?」

 別荘の門が開き、目の前に配達用バイクが止まり、コックというには強靭すぎる肉体が服の上からでも分かる男が原に声をかけた。
「原さん、糞馬鹿野郎お疲れ様でした」
「おう」
「コイツは誰ですか?」
 コックが俺を見た。
「前に話した野心を持った可愛い弟分だ」
「ああ、コイツが。おい、何をびっくりした顔してるんだ? まだ状況が飲み込めないのか? 原さんが演じてた馬鹿より馬鹿なのか?」
 何処から取り出したのかコックが青竜刀を持っている。
「ははは! 俺の馬鹿より馬鹿はいないだろう」
「そりゃそうだ!」

 原が配達用バイクの岡持ちから自動小銃2丁を取り出し、1丁を俺に差し出すと、鼓膜に深く響く低い声で俺に言った。
「英次、お前だって天下取りたいって思ってんだろ?」
 そう言って俺の横を通り過ぎながら原は怒声を上げて玄関へと入っていった。コックもあとに続く。
「思ってます」
 玄関へと駆け出す振り返り様、俺はそう呟いた。

小説『遺産ゲーム』

 バカだと思ってた兄貴が、実は一番ヤバイ奴だった…! 狙うは、テレビに映る2億円。完全犯罪は完遂されるのか。原&英治のチンピラコンビ初お目見えの「別荘」含む7編の連作短編集。カバーイラストはマンガ家のヨネダコウ氏が担当。

9月15日発売
KADOKAWA
◆藤原一裕(ふじわら・かずひろ)
1977年9月20日奈良県生まれ。1996年高校の同級だった井本貴史とお笑いコンビLICENSE(ライセンス)を結成。ボケ担当。第29回NHK上方漫才コンテスト優秀賞受賞。その後舞台テレビなどで活躍中。本書が初小説となる。

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