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ライセンス藤原一裕の初小説『遺産ゲーム』、第1篇全文を先行公開!

 お笑いコンビ・ライセンスの藤原一裕(39)の初の小説『遺産ゲーム』(15日発売/KADOKAWA)。7篇からなる連作短編集の本作の冒頭を飾る「別荘」を、発売に先駆けてORICON NEWS独占で先行全文公開する。
「別荘」

 薄暗い厨房。輪切りにした木のまな板のすぐそばで男の声がする。「エビチリのケチャップ多め? 本当に? オススメしないよ。面倒くさいね。はい、了解」という言葉のすぐあとにものすごい速度と力で中華包丁がまな板に叩きつけられ、深く刺さった。

 駿河湾に臨む伊豆半島黄金崎の高台。右手には漁を終えた海の男達が帰港する宇久須港。水面がキラキラと太陽の光を反射して思わず目を細めてしまう。視線をまっすぐ宇久須港から上に上げれば悠然たる富士山が望める。この景色を見ただけで、この地に白亜の別荘を購入した理由が分かる。それほどの絶景である。表向きは建設業関連の会社名義になっているらしいが、建物を取り囲む外壁の高さ、そこからまだ上に伸びる先端が槍状に尖った柵、車の出入り用に開閉する特注強化シャッター、その横にある観音開きの重い鉄扉、敷地の外周を全て見渡す事が可能な8台の防犯カメラ、それらの外観から、中にいるのが堅気の人間ではないのが分かる。

 別荘の玄関前で兄貴分の原辰仁と俺は見張りを任されていた。
 歌舞伎町雑居ビルの競売としのぎをめぐって他所の組との抗争がしばらく続いていたが、ウチの組が強引におしきり収束に至ったので、慰安会と称して組長、幹部、組員全員で別荘に訪れていた。だが慰安会とはいえ俺らのような下っ端の組員が楽しめる訳もなく、組長、幹部、数名の上に居座る威張るだけしか能のない組員が酒を飲み女を貪るのを背中に感じ、ほとんどの組員は見張りや雑用に駆り出されていた。

 この世界に飛び込む前はもっと実力社会だろうと思っていたが、入ってみると年功序列が根強く残っており、結果を残している者ですらなかなか上へは上がれないのである。その上意地汚い人間の集まりなので手柄を横取りされるなんてこともしょっちゅうだった。だから意外にも、少し古いドラマで日曜の夜にやっていた、不遇にもめげず上司に食らいつき倍のお返しをする銀行を舞台にした物語にのめり込んだりもしてしまった。棲む世界は違えど人間関係が作り出す構造は何処も一緒かもしれない。サラリーマンと同様に無能な上司を持つと苦労する。

「おい」
「……」
「おい」
「はい、なんでしょう」
 無能な兄貴分、原が声をかけてきた。1回目の呼び掛けで返事をしなかったのは聞こえなかったからではなく、馬鹿と話したくなかったから無視して真面目に見張りをしているように見せていたのだ。
「お前この別荘来んの初めてだろ」
「はい」
「わりと小さいじゃねえか、とか思ってんだろ」
「思ってないっす」
「ヤクザの別荘なんだからもっとでけぇんじゃねえのかよって思ってんだろ」
「思ってないっすよ、充分でかいっすよ」
「?つけ、思ってるよバカヤロー。真面目に見張りなんかやってんじゃねえぞ、どうせ誰も来やしねえんだからな」

 確かにそれは俺も感じていた事だ。こんなド田舎の見晴らしのいい別荘にこちらが招いた客以外が近づいてきたら目立って仕方がないだろう。気を抜いた見張りでも、その存在を見落とす事はないように思える。

 背にしている玄関の中から俺達を呼ぶ幹部補佐の牛嶋の声がする。
「おい、見張りの奴いるか」
「へい」
 長年の見張り癖なのか、上の御用聞きは自分と決め媚びへつらっているのか、素早い返事でドアを開け、馬鹿が入っていった。
「玄関の靴が揃ってねえじゃねえか。お前らの仕事だろ? 細かいところから徹底してやれ! 誰の計らいでこの別荘来れてんだよ、組長のお陰だろうが! 組長の別荘散らかしてんじゃねえ!」
「へい」
「だったらさっさと並べろコラァ!」
「へい」
 おそらくは靴をしっかりと並べたであろう時間を要してからドアが開き、ゆっくりと戻ってきた原が何事もなかったかのように先程と同じく俺の横についた。
「おい」
「はい」
「今、コイツ怒られたなぁって思ってんだろ?」
「思ってないっす」
「平然と何事もなかったようにゆっくり帰ってきたけど、怒られた時の何とも言えない気まずい空気バンバン出てんじゃねえかって思ってんだろ?」
「思ってないっす」

 この能無しの下に付かされて、そろそろ2年を迎えるだろうか。
 俺にはこの能無しから離れない理由がある。いつでもコイツと立場を入れ替えられる自信も実力も俺にはあるが、手柄を横取りされてもそれをしない理由がある。この能無しに対して一切の尊敬も憧れもないが、偉そうにさせてやっている理由がある。

 本人は気がついていないが、見張りや長時間に及ぶ幹部送迎のドライブなどの退屈しのぎにはもってこいの男だ。
 原は何時如何なる時でも軽いミスや不手際で怒られ、そしてその様には他人にはない滑稽さがある。そう、笑えるのだ。怒られた時の言い訳やリアクションも絶妙だ。他の組員から、原のバカと組むのは嫌じゃないのか、辛くないのかと聞かれるが、全く嫌でも辛くもない。愉しくて仕方ないくらいだ。同じつまらない雑用をするなら、間抜けでおもしろい男といたほうがずっといい。しかも原が失敗してくれることでこちらの評価が上がるときもあるのだから。

「おい」
 玄関からまた牛嶋だ。「へい」という返事と共に原が入っていく。
「おい、オヤジの車ちゃんと洗車したのか?」
「へい」
 玄関から二人のやり取りが漏れてくる。
「ワックスがけは?」
「へい、やりやした。やっぱりオシャレな車にもオシャレな髪形にもワックスは欠かせないですからね」
「てめえ、余計なこと言ってんじゃねえ!」
「へい、すいやせん!」
「何だその謝り方は! はい、すみません、だろうが!」
「へい! すいやせん! あっ間違えた。はい! すみません」
「もういい、下がってろ」
 またも原が何事もなかったように俺の隣にゆっくりと戻ってきた。
 玄関の中で怒られていたビクビクした雑魚の雰囲気と、俺の横に悠々と戻ってきたときの堂々たる兄貴として醸し出す雰囲気の温度差が、またたまらなく面白味を増幅させてくれる。

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