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演出家・福田雄一、ゴールデン初進出で“マスとコア”の狭間での葛藤

 今期の連続ドラマのなかで、脱力系のコメディタッチで異彩を放つ『スーパーサラリーマン左江内氏』(日本テレビ系)。その脚本・演出を手がけているのは、今一番忙しいクリエイターと言われる売れっ子・福田雄一氏。『勇者ヨシヒコ』シリーズや『アオイホノオ』(テレビ東京系)など深夜ドラマでコアな人気を呼んだ手法をそのまま土曜21時のゴールデンタイムに持ち込み、一般層向けの実験作として注目されている。

とぼけたユルさが独特な味わいを醸し出す福田雄一作品

 福田氏は1990年に劇団『ブラボーカンパニー』を旗揚げし、座長として構成・演出を担当。また、放送作家として『笑っていいとも!』(フジテレビ系)などのバラエティに携わり、ドラマや映画の脚本でも腕をふるった。そんな福田氏が広く知られるきっかけになったのが、演出も担当した堂本剛主演の深夜ドラマ『33分探偵』(フジテレビ系/2008年)。誰が見ても犯人が明らかな事件を、ドラマの本編尺である33分間もたせようと、探偵が見当違いの推理を繰り広げる。結局は最初からわかっていた犯人にたどり着くという、脱力系ミステリーだった。

 その後も、“予算の少ない冒険活劇”を謳った山田孝之主演の『勇者ヨシヒコと魔王の城』(テレビ東京系/2011年)では、『ドラゴンクエスト』ふうのベタな魔王退治の旅を描いてシリーズ化。鈴木福主演の『コドモ警察』(TBS・MBS系/2012年)はエリート刑事たちが特殊ガスで子どもになってしまった設定で、小学校にも通うチビッコが往年の『太陽にほえろ!』(日本テレビ系)ふうのいでたちで事件を追うギャップが笑いを誘い、映画化もされた。

 こうした良い意味の“くだらない”ストーリーで、とぼけたユルさが独特な味わいを醸し出すのが福田作品の特徴。ギャグやパロディも随所に盛り込まれ、脇を固めた個性派俳優のムロツヨシや佐藤二朗の魅力も引き出した。深夜帯で支持されたこの手法で、演出も手がける作品としては初めてゴールデンタイムに挑んだのが『スーパーサラリーマン左江内氏』だ。

ギャグ、パロディ、小ネタ…深夜ドラマの作風をそのままゴールデンタイムへ

『スーパーサラリーマン左江内氏』第3話より (C)日本テレビ

『スーパーサラリーマン左江内氏』第3話より (C)日本テレビ

 同作の原作は、藤子・F・不二雄のマンガ。家では恐妻家、会社では万年係長で責任逃れに走る左江内(堤真一)が、見知らぬ老人から「スーパーヒーローにならないか?」としつこく誘われる。出勤前に娘が忘れた弁当を届けるため、特殊能力が使えるスーパースーツを借りて空を飛んで以来、嫌々ながら人助けを続けることに。スーパーマンふうのマント衣裳に身を包んだ堤の姿はおかしいが、スーツには彼を見た人々の記憶を消す力もあり、事件を解決すると遅れて駆け付けた小池刑事(ムロツヨシ)の手柄になる。これまでの深夜ドラマ作品と変わらぬ福田テイストの“くだらない”展開だ。

 5話では左江内が上司の簑島課長(高橋克実)と元部下の藤崎(本田翼)の不倫に巻き込まれ、堤と本田が居酒屋で「課長が好きだったのに」「ハゲでも?」「ハゲ好きなんです。ドラえもんに似てません?」「似てないよ」と微妙に笑える会話を交わしたり、左江内の夢のなかで、鬼嫁役の小泉今日子が極道の妻ふうの着物姿で「浮気しよったじゃろが! 死んでもらうけえの」と刃物を刺してきたり。相変わらず小ネタも満載だ。

 ムロとともに福田作品常連の佐藤二朗も、フリーター役で毎回出演。占い師として左江内に「女難の相がある」と告げ、「若い頃にはブランド品ばかり身につけたCAと恋をして、えらいめにあっただろう」などと、堤が出演していた『やまとなでしこ』(フジテレビ系)のネタも入れ込んでいた。

 深夜ドラマでの作風をゴールデンタイムでもアレンジせず、そのまま用いている『左江内氏』。クスクス笑えるコメディになっているが、視聴率は初回12.9%で以降ほぼ9%台と揺れず、評価は微妙なところ。しかし、下降傾向とは言い切れず、5話では数字を上げ、再び2ケタに向かう流れも見える。

マス向けへの葛藤も?今もっとも忙しいクリエイターへの期待

 感想サイトでは「くだらないドラマの極致でクセになる」「ゆる〜い感じが1週間の疲れを癒してくれる」といった賞賛の一方、「最初はおもしろいと思ったけど、くだらなくなってきた」「左江内氏の家族がブラックすぎる」といった声も。ひとつのゴールへ向かうようなわかりやすさがないと、昨今のドラマは視聴が習慣化しにくい傾向があり、その意味では時流にそぐわないとも言えるかもしれない。

 とはいえ、2ケタに乗ればヒットと言われる閉塞状況のドラマ界で、ゴールデンタイムでも変にマス狙いを意識せず、独自路線を貫くのは果敢なチャレンジであることは間違いない。少なくとも従来からの福田ファンを失望させてはいない。

 福田氏はドラマのほか、今年公開の映画『銀魂』『斉木楠雄のΨ難』で監督を務め、舞台『ヤングフランケンシュタイン』の脚本・演出も手がけたりと、次々とメジャーシーンの大作を任されている。アメリカンコメディをベースとした才能が各方面から絶賛を受けている証左だ。ゴールデンタイムのテレビドラマというもっともマスなところで、『左江内氏』は順風満帆なスタートとはいかなかったが、これからもエンタテインメントシーンの期待を背負った福田氏のマスへ向けた挑戦は続く。

 アクの強さが人気につながる“コア向け”と、万人にわかりやすく共感を得られることが必要な“マス向けと”は、作風的に相反するところもある。『33分探偵』でのフジテレビのインタビューで福田氏は「ドラマはある程度の約束事や決まり事がある。サスペンスドラマにはサスペンスドラマの“定型”があって、それがあるがゆえに『こんなに崩しちゃってます』という遊び感が出せた」とコメントしているが、深夜ドラマならではの枠を崩せる自由さを楽しんでいた。

 そんなところがこれまでコア層の熱烈な支持を受けてきた福田氏は、今回のドラマに携わりながら、マスに向けた見せ方とのはざまでの葛藤もあることだろう。しかし、作風は異なるものの堤幸彦氏や宮藤官九郎氏らはもともとのコアから一般向けへの舵切りに成功し、どちらの層も取り込むヒットを生み出している。今もっとも忙しいクリエイターと言われる福田氏も、その系譜のひとりに名を連ねていくことが期待されている。ゴールデン初進出の結果が出るのはこれからだが、それを経た次の展開にも注目が集まっている。
(文:斉藤貴志)

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