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米津玄師『ニコニコ動画とメジャーシーンの違い――ぶち当たった大きな壁とは!?』

アルバム『YANKEE』が、週間アルバムランキングで2位にランクインして、注目を集めている米津玄師。以前はボカロPの“ハチ”として、ニコニコ動画で絶大な人気を誇っていた彼が、メジャーデビューに際してぶち当たった壁とは?アルバム制作を通して感じた、ニコニコ動画とメジャーシーンの違いなど、語ってくれた。

大きな島国(ニコニコ動画)を出てわかった、メジャーシーンでの壁――

  • アルバム『YANKEE』

    アルバム『YANKEE』

 初音ミクなどのボーカロイドを使って、楽曲を発表するボカロP。ここ数年、数多くのボカロPがメジャーシーンに進出しているが、アーティストとしてヒット曲を生み出すことができるのは、ほんのひと握りだ。米津玄師は、かつて“ハチ”という名前で「結ンデ開イテ羅刹ト骸」や「マトリョシカ」、「パンダヒーロー」などの人気曲を生み出し、ボカロ曲の発表の場であるニコニコ動画では、総再生回数2500万回を超える人気ボカロPとして活躍した。その後、本名である米津玄師として自らボーカルを取りインディーズアルバム『diorama』をリリース。2013年からはフィールドをメジャーの音楽シーンに移して活動している。ここに至るまでには、数々の変遷があったそう。ニコニコ動画やボカロシーンの持つ独自性は、必ずしも良い面ばかりではなかったと振り返る。

 「ニコニコ動画というのは、大きな島国みたいなものなんです。そのなかでしか通用しない方法論や独自文化があって、そこにいた僕は、それがそのまま外の世界でも通用すると信じて疑わなかった。でも、実際に一歩外に出ると、必ずしも通用するものではなかったんですよね。インディーズでリリースした前作『diorama』は、ニコニコ動画でやっていたときの気持ちのまま、それこそ自信満々でオリコン1位のつもりだったんですが、蓋を開けてみたら6位だった。僕自身、そこで初めて通用しないんだと気付いた感じです。確かにニコ動で曲がウケたことは、僕に自信を与えてくれたし、否定するつもりもないんですが、やっぱりボーカロイドを使っていたからこそ成立していたんです。それをそのまま生の声に変えて歌ったとしても、ニコ動と同じような反応は得られるはずもなくて。メジャーにはメジャーの、新たな方法論を手にする必要がありました」

 最新作『YANKEE』を制作するにあたり、米津のなかでは音楽に対する意識改革が行われた。

 「正直に言うと、前作『diorama』のときは、聴く人のことはあまり考えていなかったし、自分の思う美しさは、万人に共有してもらえるものだと勝手に思い込んでいたんです。しかも自分のなかでの美学しか信じてなくて、他人の意見や感性をまったく寄せ付けなかったから、ガラパゴス状態もいいとこだった。今の自分に欠けているのは、人と一緒に同じ方向を向いて、同じ熱量を持って物作りをすることだったと気付きました」

 多くのボカロPは、自宅のパソコンで作詞・作曲からアレンジまですべての作業をひとりで行っている。一方、メジャーシーンでの音楽制作は、プレーヤーやミックスエンジニアなど、様々な分野のプロフェッショナルが集結し、多くの人の感性が交わることによって、楽曲により大きな大衆性を与えていく。米津は、バンド形式でレコーディングを行い、スタッフの意見も採り入れることで、自分ひとりでは浮かばなかったアイディアも浮かび、結果すごく楽しい作業になったという。

J-POPのスタンダードに――国民的な音楽家になりたい

 そうした試行錯誤によって生まれたアルバム『YANKEE』は、週間アルバムランキング2位にランクインという、大きな結果を導き出した。タイトルは、アメリカ人や移民という意味があるそうで、ニコニコ動画やボーカロイドシーンという島にいた米津が、一歩外に出て外の世界の違う国に移り住んだという意味で、「自分は移民みたいだなと思って」付けたとのこと。語感からある種の爽快感も感じさせる絶妙なネーミングだ。また、収録曲の「アイネクライネ」は、東京メトロの2014年度キャンペーン”Color your days.”CMソングに抜擢され、新たなリスナー層の拡大にもつながった。ツイッターのリプライからもそれを実感するそうだ。

 「以前とは違うタイプの人が反応してくれました。ツイッターのリプライを見ると、書いてある文字の感じやアイコンの感じが明らかに違っているんです。たとえば普通のOLさんとか、ニコニコ動画やボーカロイドシーンにあまり触れていない、いわゆる一般的な方なんだろうなって。“こういう曲は聴いたことがなかったけど、好きになりました”とか言葉をいただいて。もともとより多くの人に伝わるものをという意識でアルバム制作をしていたところだったので、報われた気がしてすごくうれしかったです」

 「アイネクライネ」は、アコースティックギターを中心にしたしっとりとしたバンドサウンドと、内側にエモーショナルなものを感じさせるボーカル。胸を締め付けるような切ないメロディー。“別れと終わりとか、そういうものに対する思想のない、ただのポジティブな明るい音楽は、毒にも薬にもならない”という彼独自の哲学に基づいた前向きな歌詞が特徴。メジャーシーンにもボカロシーンにもなかった、新しいポップスだと言えるだろう。そんな米津の目指す先は?

 「言い方に語弊があるかもしれないですが、僕はJ-POPを作りたいんです。日本のいわゆる歌謡曲があって、その上にロックとか、今ならEDMとか、時代ごとの要素を乗っけて、スタンダードになれるものを作りたい。国民的な音楽家になりたいです」

 ニコ動で育まれたアマチュアリズムや、もともと持っていた音楽センスを壊すことなく、メジャーならではの制作スタイルに馴染ませることによって、自分の進む道を見いだした米津玄師。彼の描く道筋は、今後ニコ動からメジャーを目指す多くのボカロPにとってのスタンダードとなり得るだろう。
(文:榑林史章)

東京メトロのCMでもお馴染み「アイネクライネ」のMV

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