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気鋭監督・塚原あゆ子氏、ドラマシーンから映画界へ進出「メディアの垣根のない仕事が理想」

 ドラマ『アンナチュラル』や『リバース』など話題作を手がけ、いまテレビ界でもっともその動向が注目されている演出家、プロデューサーの塚原あゆ子氏が、『コーヒーが冷めないうちに』で初めて映画監督を務めた。パッケージの苦戦とネット動画配信の拡大など、映像コンテンツのアウトプットが過渡期を迎えるなか、ドラマシーンから映画界に足を踏み入れた塚原氏に、メディアの違いと演出法などについてうかがった。

なんでもやっていい2時間 枷と創作意欲をどう設定するか

――ドラマでご活躍されてきましたが、映画を手がけるのは初になります。
塚原あゆ子すごく違うんだろうなという覚悟はしていましたが、実際にはコンテンツを作るという意味では大きくは変わらないと思いました。ただ、連続ドラマの10時間で撮ることに慣れているので、映画の2時間に物語を収めるにあたって、TBSの土井裕泰さんに相談したりしました。

――結果、2時間にするというのはどういうことだと思われましたか?
塚原あゆ子起承転結の構成の方法が違うということでしょうか。もちろん脚本には、2時間になる起承転結が書かれているんですが、監督として、どういうふうに映画ならではの山と谷をつけていくかを考えました。たとえば、ドラマであれば、CMは何回入るか、前の番組から直結で始まるのか、そういうことも含めて計算しながら作っていて、それは大きな枷でもあるんです。でも、その枷は創作意欲の1つにもなっています。映画の場合は、CMも入らないし、前の番組もない。2時間でなんでもやっていいと言われるようなもので、そのなかで、自分でどう枷を設定していけるかということも考えました。

――これまでにもオファーはあったそうですが、映画を手がけてこなかった理由の1つが、その違いなのでしょうか。
塚原あゆ子いままでは、ドラマの10時間のほうが挑戦しがいがあると思っていたんです。もちろん、お話をいただくたびに、新しいことをやれるチャンスをいただけることを光栄に感じていました。ただ、私がやってきていたのは、10時間の作品を、無料で観てもらうということ。それが、いままでと変わりなく演出をして、2時間の作品でお金をいただくということを考えると、躊躇してしまっていた部分はあります。

――それでも、今回挑戦した背景にはなにがあったんでしょうか。
塚原あゆ子プロデューサーに説得されて……というのも1つですが、原作を読んでみると、連作になっていて、深夜ドラマを4本作る感覚に近いと感じました。今回、枷であり、創作意欲であると捉えることができた部分としても、4本の短編小説のような原作の物語を、映画のなかでどうつなげるか、有村架純さん演じる主人公を幹にしてドラマを描きながら、その枝葉として、いろいろな人物の物語を作りあげていくところにあると思いました。

ドラマと映画で演出は同じ 感じたまま自由に演じてもらう

――俳優さんたちへの演出に関しては、ドラマと映画で違いはありましたか?
塚原あゆ子その部分では、違いはありませんでした。基本的には、具体的な動きの指示はほとんどしません。俳優たちに、台本を読んで感じたまま自由に演じてもらって、それが必ずしも台本通りでなくてもかまわない。一番いいシーンを撮りたいと思っているので、テイクは1〜2回。そういうドラマでやっていた手法を変えることはありませんでした。

――自由にやっていいと言われて戸惑われる方もいるのでは?
塚原あゆ子そういう人は、台本を読んで想像して動いていないことになるので、厳しい言い方ですが、俳優に向いていないと思います。逆に、ここに座ってセリフを言ってという指示がかっちりあるほうが難しいという人のほうが多いのではないでしょうか。台本の読み方は自由なので。

――今作でも、アドリブのセリフが多いと聞きました。
塚原あゆ子架純ちゃんと健ちゃん(伊藤健太郎)のシーンは、かなりそうですね。部屋でコーヒーを淹れる淹れないと話し合うシーンは、全部2人が考えています。あの2人が演じるのだから、その気持ちは本人たちでないとわからない。だから、テイクのたびに、ぜんぜん違うセリフを言っています。一般的には、カメラ位置を変えながら同じテイクを重ねますが、私は二度同じことをやる必要はないし、演じているときにふと湧いた感情をそのまま出してほしいと思っています。一番自然な表情やいい芝居を撮るのが最優先であり、映像のつながりは編集でなんとでもなるんです。

多くの多忙な現代人にとって非日常のエンタメがあるのが重要

――最近は、ドラマを観ながらSNSで盛り上がるなど視聴形態が多様化しています。そういったものも含めて、シーンは盛り上がっているように感じますが、いまドラマになにが求められていると思いますか?
塚原あゆ子仕事に忙殺され、平日の曜日感覚はない、土日もリフレッシュする間もない多くの現代人にとって、非日常のエンタメがあるのは重要なことだと思うんです。ほんの2時間だけは、自分ではない誰かのことを考える。自分のことばかり考えていると、人生に疲れてしまう。ドラマの1時間でも映画の2時間でもいいので、エンタメで気持ちが区切れることが大事で、それを供給し続けることには大きな意味があるのではないでしょうか。

――それは塚原さんにも、そういう実感があるんでしょうか?
塚原あゆ子毎日仕事をしている誰もがそういう感覚ではないにしても、一息いれるとか、コミュニケーションをとることが大切。それと、ドラマや映画を観て、誰かに感情移入したりすることは、人としての成長でもあり、人としゃべることにつながる導線でもあると思うんです。そういうものって、今も昔もあって、日々変化しているのかもしれないけど、その変化を捕まえるのがメディアの重要な仕事じゃないかと感じています。

――時代とともに観客や視聴者の変化を感じますか?
塚原あゆ子作り手と観ている人が相互にやりとりしながらドラマが進んでいく現代の状況は、おもしろいと感じています。個人的には『リバース』(17年4月期)のときに、変わったことを感じました。いまはSNSでネタバレを含むドラマ情報をなんでもすぐに探せるようになりました。昔は、ドラマを観たら、次の日の学校や職場で話し合うのがあって、それがなくなったと言われているけど、いまは観た瞬間にSNSで語りあっているんですよね。そういう在り方をどう捉えるのかというのがこれからの課題で、そこを意識して狙って作っている作品は、観ていると違いがわかります。
――プロデューサー、演出家としてご活躍されていますが、昨今のヒット傾向をどう見ていますか?
塚原あゆ子瞬間的に何かが刺さらないと難しいのかと思いますね。ドラマであれば、冒頭から視聴者を引き込むことが重要。『おっさんずラブ』はおじさんが乙女のように恋をすることが新しかったし、『アンナチュラル』は、法医学者を描く設定は以前からあったけれど、1話完結で惹きつけるセリフがあって、そして始まったらすぐに事件があるということで、初手で視聴者を引き込むことに成功していました。今回の映画の場合は、またドラマとも違うので、宣伝をすることになったとき、原作があって、役者さんもそろっていて、そのうえでビジュアルとして、どれだけ惹きつけることのできる映像を撮るかということも意識しました。映画の場合は、映画館に入ってもらうまでが勝負なので、限りある予算と時間を使って、派手さを狙うというのが挑戦ですね。

――今作を経て、これからも映画を手がけていこうと思われましたか?
塚原あゆ子映画監督を経験したことで、あるアイデアに対して、連続ドラマや映画など、どのメディアでやるのがベストなのかを私のこれまでの経験から判断できるようになりました。そういう経験値を積めたことは自分の財産になっていると思います。作品やアイデア次第ですが、2時間に向いているものがあれば、また映画もやりたいです。映画やテレビだけでなく、ネット動画配信などアウトプットが増えているいま、演出家に限らず、カメラマンをはじめとしたスタッフさんや映像に関わるクリエイターさんを含めた誰もが、あらゆるメディアで垣根なくやっていけるのが理想だと思います。
(文:西森路代)
塚原あゆ子氏 ドリマックス・テレビジョン ドラマ本部
プロデューサー/ディレクター
Profile/つかはら あゆこ
埼玉県出身。千葉大学卒業後、木下プロダクション(現:ドリマックステレビジョン)に入社。テレビドラマの助監督をしながら演出を学び、2005年に『夢で逢いましょう』(TBS系)で演出デビュー。以降、企画プロデューサー、監督として数々の話題作を手がける。2015年、『第1回大山勝美賞』を受賞。『リバース』(17年/TBS系)で『第8回コンフィデンスアワード・ドラマ賞』作品賞を受賞。『アンナチュラル』(18年/TBS系)では、『第11回コンフィデンスアワード・ドラマ賞』作品賞、『第55回ギャラクシー賞』テレビ部門、『第44回放送文化基金賞』テレビドラマ番組最優秀賞を受賞するなど、いま名実ともにもっとも人気のある演出家。映画『コーヒーが冷めないうちに』(18年)で映画監督デビュー。

提供元: コンフィデンス

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